白夜城ブログ

7


 私は何度も人とぶつかりそうになったり、轢かれそうになりながら神社までやってきた。
 神社。小さな賽銭箱に、小さな祠。何を祭られているか知らないけど、土地の神様なんだろう。
「神様、神様、私を元に戻して下さい」
 お供えできる物は、のど飴しかないけど。だからせめてと周りの雑草を抜いて、落ち葉を払って綺麗にする。
「神様……」
 何度も何度もお祈りをした。
 すると背後に気配を感じて振り返る。顔だけは見た事のある老婆が鳥居をくぐってやって来た。箒を持っているから、掃除に来たんだろう。
「おばあさん?」
 こちらに来る老婆を見て、心臓が五月蠅く騒ぎ立てた。立ち上がり、思わず前に出る。
 まさか、私の事……。
「おや、今日は誰かが草むしりしてくれたのか。掃除でもあったのかねぇ」
 肩がぶつかり、はじき飛ばされた。
 木に背を打ち、痛みに顔をしかめる。
「ん? 気のせいか」
 気のせいじゃない。私はここにいる。
「ねぇ、私を見て!」
 私は老婆の肩に触れた。彼女は「ひゃっ」と声を上げて首をすくめた。
「ねぇ、ねぇっ! 触ってるの分かるんでしょ? ねぇ!」
 私は老婆にしがみついた。人のぬくもりは感じる。触れる。でも
「ひぃぃっ」
 言葉は届かない。
 老婆は私を振り払い、すがりつく私の手を蹴って逃げた。
「くっそ……」
 思わず足を引き、祠を蹴ろうとした。
 ダメだダメだダメだ。
「ご、ごめんなさい」
 怒らせてしまったのではないかと、急に怖くなった。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ」
 深く祠に頭を下げて、私は逃げるように神社を出た。帰ろうとしたが、踏切は閉じていた。しかし向こうに見えるのは普通のコンビニ。
「早く、早くっ」
 足踏みをして、電車が過ぎ去るのを待つ。遮断機が上がるのを待つのももどかしい。遮断機がわずかに上がるのを確認すると、私はそこをくぐって踏切を渡りきった。
 それだけで、まったく別の場所に来たかのように落ち着いた。まるで線を引かれているようだった。
 気が抜けたら、喉が渇いた。普段ならここでコンビニに入るけど……。
「お金」
 自販機で、私の持っていたお金が……使えるだろうか。
 恐る恐る鞄をさぐり、百円玉と五十円玉を財布から取り出した。
「神様」
 五十円玉を入れた。
 すると、「50」と表示された。
「っぁ」
 こんな些細な事で、私は泣けた。
「ううっ……」
 百円玉を入れて、オレンジジュースを買う。
 がらりと落ちたペットボトル。私が買ったジュース。私のジュース。
 大切に頬ずりして、蓋を開けようとして手を止めた。
「これ、どうなるんだろう」
 人の目に見えない私のお金で買えてしまったジュース。これを持って歩くと、人にはどう見えるんだろう。
 私は周囲を見回した。するとウインカーを出して駐車場に入ってくる車を見つけた。あれしかない。
 車から降りたサラリーマンから見やすい位置で、ペットボトルを前に出した。悲鳴はない。確実に見える位置まで上げて、振ってみせる。
 悲鳴は、ない。
 ペットボトルが見えなくなっている。
「なんで?」
 まさか、私が物に触れると消えるの? いや、それは違う。私は家の中を触ったけど、何ともなかった。皿やグラスが減っていたら母さんが騒ぐ。
「買えばいいの?」
 しかし自販機以外では買う事は出来ない。
 サラリーマンがコンビニに入る。自動ドアが閉まりかけたので、慌てて追いかけると、自動ドアが反応せずに、中に入ろうとした私はドアに挟まれかけ、ギリギリで滑り込む。
 自販機は反応したのに、自動ドアは反応せず、私がドアの前にいるのに、普通に閉じて、どれだけ暴れようと反応しない。
 分からない事だらけだ。調べれば、少しは元に戻る方法が見えてくるだろうか。
 私は店内を見回す。店員の中年女性が一人、ぼーっとカウンターの中に立っている。一瞬だけサラリーマンを見たけど、私の方は見ない。
 私の事は見えていない。分かっていたけど、分かっていたけど……。
 胸の下の違和感が、上の方に上がってくる。吐き気がする。
 ここがどこかは分からない。
 人は私を見る事は出来ない。
 私はペットボトルをカウンターに置いた。反応はない。
 じゃあ……お金を払っていない物を持ったら?
 カウンターの隅に置いてあるチョコを持ち上げて落とした。
「は?」
 音に反応して転がったチョコを見た。もう一度指先でつまんで持ち上げる。
「っ……」
 息を飲む。見えている。
「じゃあ……」
 試しに拳の中に隠すと、
「消えたっ」
 彼女の正面にお返しすると
「あれ、ある」
 おばさんはふるふると震えながら口元を手で覆う。試しに私のハンカチでもう一度隠すと、再び肩が飛び上がる。
 つまり私の持ち物で隠すと見えなくなる。じゃあむき出しの別とボトルは……ひょっとして私の物だから? 違いといえば、買ったか買わないかの差だろう。それとも自販機から出たから?
 分からない。
 チョコをそっと元に戻す。おばさんには悪い事をしてしまった。これからは脅かさないようにしないと。
 泣いていてもきっと帰れない。ゲームだってそうじゃない。少しずつ進めていかなければクリアできない。
 そのために、私はコンビニのおにぎり……は万引きになってしまうから、捨てるはずの廃棄分をカバンに入れて、お金を置いた。見えないかもしれないけど、万引きはしたくない。
 あ、そうだ……。
 私は思いついて、カバンを机に置いて、カウンターの奥にある監視カメラの映像を確認した。カバンは見えていない。見えていればよかったのに。
 これ以上、ここにいてする事はない。
 一緒に入ったサラリーマンが外に出る時、一緒に外に出てた。近くの公園でおにぎりを食べながら、色々と考えよう。

 
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2011/02/07   向こう側   966コメント 0     [編集]

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