白夜城ブログ

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 見えない、声が聞こえないなんて事が本当にあるのか。
 いや、見た事がある。映画で、そう……映画。
 死んだと気づかずに普通に生活している幽霊の話。
「私……死んだの?」
 頭の中が真っ白になった。
 どれだけそうして固まっていただろう。そう長くはない時間だと思う。思考が戻ったのは、時計の音楽が鳴り出した時だ。

 違う。

 思考が戻ると同時に私は気付いた。
「それならお葬式をしたり、遺影がある。それに……」
 あんな男は知らない
 そう、あんな男は知らない。私は知らない。でもあの男は……私の場所にいる。
「と、とりあえず夕飯にしましょうか」
「そうだな。食べながら話を聞こう」
 母さんがこっちに来たから、私は手足を折りたたみ、腕で膝を抱えた。皿にごはんとカレーをよそい、それを男の子が受け取る。
 普通の親子のようだ。本当に、それが普通であるかのように、男の子は母さんを手伝い、父さんに笑いかけながらビールを渡した。
 本当に私は見ていない。父さんも母さんも、イタズラでこんなひどい事はしない。
 ああ、現実だ。少なくとも現時点では、これが答えだ。これが夢で無い限り。
 頬をつねるなんて事はしない。痛みのある夢があるのだから、つねるだけ無駄だと思う。その程度で夢が覚めるはずもない。だったら尻もちをついた時に目覚めている。
「聞いてあなた。おかしいのよ。この子が帰ってきてちょっとしたぐらいかな。玄関のドアが開く音がしたのよ」
 うちの玄関のドアは閉じるときにばたんと音が鳴り、キッチンまで聞こえてくる。そして風のせいで自然に開くなんて事はありえない。
 だから私が帰ってきたときの事を言っているのだと、分かってしまう。
「俺の部屋のドアも勝手に開いて、窓を叩くような音がしたんだ。マジ気色悪い」
「お前、なんか悪さでもしてないだろうな。墓とか、神社とか、お地蔵さんとか」
「悪さって……ねぇよ。俺がするはずねぇじゃん」
 そう、そんな事はしていない。横を通っただけ。木陰に入っただけ。
 膝に顔を埋める。
 不気味だ怖いと言いながら、三人は楽しそうに食事をしている。私の食事はない。
 涙が出た。制服のポケットからハンカチを取り出し、こぼれる涙を拭った。いつも母さんに、身だしなみはちゃんとしなさいと教えられたから。
 それでも後から後からこぼれてくる。ハンカチが濡れてべとべとになった頃、男の子が食事を終えて、皿を重ねてキッチンへと向かった。私の前を素通りして、シンクへと皿を置いた。そして蛇口に付いた浄水器を操作し、水をグラスに溜めて、ごくごくと飲む。
「ぷはっ」
 それを見て……喉の渇きを感じた。
 ぐぅとお腹が鳴る。お腹もすいている。
 私は生きている。ちゃんと生きているのに、どうしてこんな事に? 見えない、聞こえないだけでなく、ぶつかっても気付かなかった。
 男の子がもう一度リビングに戻ろうとしたから、私は足を伸ばした。
「うおっ」
 男の子は私の足に足を引っかけて転んだ。
「っつ……」
 男の子は顔をかばってついた手を傷めたらしく、手首をさすってはぶらぶらと振った。
「何やってるんだ」
「考え事してたら転んだ」
 それでも、私には気付かない。
 生きているけど、存在しないに等しい。
 私はいない。ここにいない。
 私は…………
「もう、ドジねぇ」
「だって……」
「気持ちは分かるけど……気をつけないとダメよ」
 母さんが優しく男の子に声をかけた。そして、男の子に向かって言う。
「ケイ君」
 ケイ。恵。
 それは私の名前だった。


 
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2011/01/25   向こう側   955コメント 1     [編集]

Comment

 

とーこ7192     2011/01/25   [編集]     _

名前がちょっと被っている事に気づいたのは、書き終えてからだった。


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