白夜城ブログ

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魔道書店の稀書目録 ペンの天使に悪魔の誘惑 (一迅社文庫アイリス) 魔道書店の稀書目録 ペンの天使に悪魔の誘惑
7/18発売
盗まれた〈天使の書〉の噂を聞きつけてメイザス魔道書店にやってきたジールは、奴隷にのようにこき使われている天使達と出会い、〈天使の書〉を買い戻すために書写師として働くことになる。ジールにだけは優しい悪魔の如き美貌と性格と能力を持つ店主と、天使のような(見た目の)少女の魔道ファンタジー。

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3話  朝を知らせるように、星の代わりの優しい明かりが薄まり、地上よりも暗い人工太陽が輝き出す。星のような明かりは薄くなっているように見えるが、太陽が明るいためにそう見えるだけで、実際の所はあまり変化ないらしい。
 小鳥の代わりにコウモリやら地竜が飛び、今日も地下の帝国は眠りから覚める。
 教会育ちで朝の早かったノイリは明るくなる前に目を覚まし、いつでも暖かく保たれたお風呂に向かう。
 広い湯船につかるとふわわんと幸せな気持ちになる。どうやっていつも温かくしているのだろうか。この国の魔物は人間よりも発達した魔法技術を持っているから、ノイリには想像もつかない方法なのだろう。
 風呂からあがると部屋に戻り、いつものように待ってくれていたネズミのようなメイドのマルタに髪を乾かしてもらい、服を着せてもらう。今日はうっすらと桃色がかったワンピースだ。いつものようにふわふわで、リボンがついている。
 マルタは服を着せ終えるとまだ少しだけ湿気を含んだ髪にブラシを入れて、暖かい風をあてて癖を直す。癖がなくなってから髪の一部を結ったりして、可愛く仕上げてくれる。服と同系色のリボンが、お人形のようでとっても可愛いく見える。
 それが終わるとエンダーと一緒に朝ご飯を食べる。
 今日はエンダーの弟のニアスもいっしょだ。
 二人ともやはり顔は怖いが、怖くない竜族。
 食事はヘルシーなのに、地上で食べた物とは比べものにならないほど美味しい。ダイエット食としては理想だ。夕食ともなると、毎日考えるのも大変だろう。
 脂肪分の低いミルクをかけられた繊維たっぷりのフレークはノイリのお気に入り。毎日少し味が違うのも楽しみ。朝の冷えたフルーツも大好き。
「それだけで足りるのか」
 朝からよく食べているニアスが問うてくる。
「綺麗な水さえあれば二週間は生きていけます」
「綺麗な水限定か」
「汚い水はおなかが痛くなって死にそうになります……」
「どこまで虚弱体質なんだよ」
 ノイリが住んでいた場所は水の綺麗なところだった。普通の人間でも、綺麗な物になれていれば汚い物で病になる。
 幸いここの水はとても綺麗だ。下水も整備されていて、本物の日の光がないだけでとても暮らしやすい。暮らしやすいから地下に潜ったのだろう。地上は暮らしにくい。
「ニアス、あまりノイリを虐めないでやってくれ。落ち込んでいるじゃないか」
「いじっ……どこがイジメだっ」
「ノイリには柔らかく話しかけてやらないと怯えてしまうぞ。
 ノイリはその服は気に入ったかい。妹のお古なのだが、一度も袖を通していないものだよ」
 汚れもないから丁寧に保管されていたのだろう。絹の肌触りは大好きで、何の不満もない。逆に背中に穴を開けてもらったことで、彼女以外が着られなくなってしまって悪い気がした。
「どうして着なかったんですか?」
「妹は男勝りでね。母がどうしても着せたがったのだけど、結局着なかったんだよ。着ないのに趣味で仕立てさせるから、捨てるのももったいないし、人にやるにしても似合う者がなかなかいないし困っていたんだ。
 だからノイリが女の子で良かったよ。男物は尻に穴が空いているけど、女物は魔族型と共用だ」
 この可愛らしい服を彼の妹が着るのを想像して、やはりやめてニアスの妹が着るのを想像した。
 大差はなかった。
 ものすごく怖い。
「何で突然泣くんだっ」
「ご、ごめんなさい」
 ポシェットからハンカチを取り出して涙をぬぐう。ポシェットの中には小さな水筒に水も入っている。これで迷ったときも大丈夫なのだ。
「魔族っていうのは一番人間と近い形をした奴らだ。同じ体格でも傷つく事じゃないだろ」
「ち、違います」
 何が怖かったかは言えないが、魔族のことは知っている。天族と少しだけ、ほんの少しだけ似た種族だ。そう言ったら向こうが傷つくだろうが。
「そうだノイリ、今日もあの部屋にいるつもりか」
 ニアスがパンを千切りながら言う。
「はい」
「暇だろう。買い物に行くから一緒に来るか?」
 買い物。食料や衣料、その他生活に必要な物を買い出しに行く行為。
「買い物したことありません」
「……行くか、買い物」
 彼の中でそれは決定されたらしい。
 もう少し大きな水筒を貸してもらおうか少しだけ悩んだ。マルタに相談してみよう。



 馬車の窓から見た町。
 城の窓から見下ろした街。
 窓越しでない街。
 知らない人がたくさんいて、一応知っているニアスの袖をぎゅっと掴む。
 本の中でしか世間を知らない彼女は、この街がどれほどの規模なのかも分からない。地下にあることを考えれば、非現実的なほど広すぎる。あの柱は太いがこの天井を支えられるほどとは思えない。何かとてもすごい技術が使われているのだろう。
「そんなにくっつかなくても置いてきはしない」
「は、はい」
 少し悩んで、やはり怖いので軽くマントを掴む。
「それもやめろ。手をつなげばいいだろう」
 手を差し出されて、恐る恐るそれを握る。少しごつごつした冷たい手だ。エンダーと同じで爪をまるく削っているので痛くない。鋭いと家具やらを傷つけてしまうので、よほど野性的な性格でもない限りそうするのが普通なのだそうだ。そうしないとテーブルクロスが使い捨てになってしまう。
 ニアスを見上げると不機嫌そうな顔をしているが、兄のエンダーに対してもそうなので、きっと見た目ほど不機嫌ではないと思いたい。
「何か欲しいものはあるか」
 首を横に振る。必要な物は全て揃っている。欲しい物など思いつかない。そもそも、どんな物があるかも分からないのだ。
「買い物したことがないんじゃ仕方ないか。
 鍛冶屋とか色気のないところにも行くが我慢しろ。あとで女子供の好きそうな店に連れて行ってやる」
 どんな店だろうか。鍛冶屋というのもよく分からない。刃物を作る場所だという知識はあるが、想像がつかない。
「刃物を買うんですか?」
「そうだ。俺も軍人だからな」
「ぐんじん……軍隊にいるんですか?」
「兄貴がこの五区の王だからな。とりあえず若い内は一区の王に仕えてこいと言われてる。兄が区王だからなまくらなど持っていたら、名前に傷がつくのは兄貴だ。俺のためにこの区の評価を落とすわけにはいかない」
「…………く?」
「アルタスタは大きく分けると全部で十の区域があって、一区がそのすべての区のまとめ役をしている。一区の王は地下帝国の皇帝だな。地下は大陸全体に広がっているから、いつの間にかこんな形式が出来たらしい。
 ここは五区の中央都。五の都インカータという。見ての通り竜族と獣族が多い。皆がほどほどに裕福で、骨肉の争いもないから平和だ」
 争いがないから平和。
 やはりエンダーは見た目は怖いが優しくて好き。
「区によっては血で血を洗う骨肉の争いがあるから、それに比べればここは安定して治安のいい街だ。兄貴は自己管理は出来なくても政治家としては有能な奴だ。さすがに貴様が一人で大通り以外を歩いたら危険もあるが、このあたりは一人で歩いても問題ない。ほら、手を振られているだろう。お前の事はもう街で知られているらしい。誘拐など簡単にできはしない。しようとしても、助ける者も多いだろう」
 こくりと頷き、彼の手をぎゅっと握りながら街を見る。
 上から見ていたのでは分からない、細かなところが見える。色々なものが売っている。食べ物や、食器や、服や、小物。
 それらを売ったり買ったりしている者達が、ニアスとノイリを見て何か囁き合い、笑顔で手を振ってくれたりする。エンダーの弟だから、好かれているのだろうか。
 いろいろな店の中に、ジュースが売っているのを見てふと思い出す。
「お水飲んでいいですか?」
「好きなだけ飲め」
 ノイリは水筒を取り出してこくりこくりと水を飲む。二口飲むと水筒に蓋をする。
「もういいのか」
「魔力の元にしているだけです。一度にたくさん飲んでもあまり意味がありません」
 水は魔力の元になる。食べ物は身体を動かし、水を魔力に換える補助になる。水がないと生きていけないが、食べ物もないとどれだけ水を飲んでも魔力が足りなくなってくるから必要だ。
「霞を食べるというのは、水を飲むということか」
「そうです。本当なら空気中の水分だけで十分生きていけるはずなんです。わたし効率が悪いんです」
 水を飲むのも、食べるのも、欠陥だらけの証拠だ。
 水筒をポシェットの中にしまい、差し出された手にしがみつく。
 腰に佩した剣が見えて少し怖いが、軍人なので仕方がない。しかし軍人とはどんな仕事をするのだろうと疑問に思ったとき、唐突にニアスは足を止めた。
 手をあげる彼の視線を追うと、手を振る銀髪で褐色肌の男の姿が目に入った。人に近い姿の綺麗な男の人。
 生まれて始めて見るが、魔族であることはノイリにも分かった。ここまで人間に似た魔物は他にいないと言われている。銀の髪と黄金の瞳が、彼らを見分ける唯一の方法だ。



 魔族の男は大きな荷物を肩に背負い直し、笑みを浮かべながらこちらに走ってくる。
 勢いがよく怖くなってニアスにしがみついた。
「走ってくるな。脅えるだろ」
「その子、どうしたんだ?」
 魔族はノイリを食い入るように見つめる。
 笑っているのだが、目つきが鋭く、それが怖い。
「兄貴が買ってきた」
「人間か。可愛いな」
「天族だ」
 魔族は目を見開いてノイリの羽をついついと引っ張る。
「やぁん」
 痛いし、少しくすぐったい。
 ノイリが嫌がると魔族は手を引っ込め、凝視してくる。
「天族って確か、ミイラみたいにガリガリで、他種族と出会えば嵐を呼んで殲滅にかかる奴らだよな」
「その天族だ。ただ、普通の天族生活が出来ないからここにいる」
「……か……可愛いなぁ。いいなぁ。可愛いなぁ。真っ白だなぁ。いいなぁ。人間みたいだ。いいなぁ」
 男の伸ばす手をニアスがたたき落とす。
 彼は人間が好きなのだろうか。
「だから脅えているだろう。
 ノイリ、大丈夫だ。とりあえず子供のお前が危害を加えられることはない。
 俺の同僚で魔族のテルゼだ」
 同僚ということは、軍人。そういえば背負っている荷物から、槍がはみ出ている。
「しかし貴様、休暇ではないはずだろう」
「先輩方のお使いだ。お前に押しつけるのを忘れていたから、私に行けと。鍛冶屋に。ここのオヤジが一番腕がいいだろう」
 ニアスはため息をついた。
 軍人とは年功序列なのだろうか。上の者には逆らえないと、人間達もよく言っていた。
「そっちはどこへ」
「貴様と同じ場所だ。注文していた物が出来ているはず。
 そのあとはこいつと買い物だ。生まれてから一度も町中に出たことがないらしい。買い物の仕方ぐらいは常識として教えておかないと」
「箱入り娘か。可愛いなぁ。ふるふる震えるのも可愛いなぁ。人間のお嬢様もこんな感じで可愛いんだよなぁ」
 ノイリを見つめてにこにこ笑う男。
 脅える姿を見て喜ぶ危ない性癖を持つ者が世の中にいるらしい。彼がそれなら怖い。
 子供だから大丈夫だと言っていたが、つまり大人になったら危ないのだろう。
「いいなぁ。お嬢ちゃん大きくなったら私のところに嫁に来ないか」
 ノイリはさっとニアスの背に隠れる。大人になったら危ないのだ。
「阿呆。これを身請けできるつもりか貧乏人。貴様の人間好きにもほとほと呆れる」
「び……まあ、うちの区はおまえんとこほど裕福でもないし、後継ぐつもりもないけど、貧乏といわれるほど貧乏では……」
「コアトロのクソジジイと競り合ったんだ。値段は知らないがそれ相応の額だろう。貴様には一生無理な贅沢だ。何より兄貴は父性本能に目覚めたのか我が子のように、見ていて痛々しいほど可愛がっているから、どれだけ金を積まれても嫁に出すはずがない」
 ノイリを可愛がると痛々しいのだろうか。だとしたら、外に出てもいいのだろうか。エンダーが悪く言われるのは嫌だ。捨てられるかも知れない。ニアスもエンダーが悪く言われないように頑張っているようなことを言っていたのに、ノイリを連れ出しても良かったのだろうか。
「あの人、とうとう結婚を諦めたのか?」
「まさか。今も手の届かない相手にばかり、熱心に贈り物をしている」
 エンダーはそんなにすごい相手を好きになってしまったのだろうか。あんなにいい人なのに。
「これだけ可愛ければ買いたくもなるだろうけど。
 ああ、でも本当に可愛いなぁ。何でこんなに白いんだろう。人間よりも白いな」
「貴様達が浅黒いんだ。人間だって貴族にもなればこんなものだろう」
「貴族の人間はもう弱すぎて。劣化も早いし。あっという間に年を取る」
 ため息をつく。
 人間の女が好きだが、寿命が違いすぎて悩んでいるらしい。人間に似ているというと、一部の妖精族を思い浮かべるが、地上に住んでいる人間ですら見つけるのは困難らしい。天族よりは捕まえやすいだろから、価値はノイリの方があるかもしれない。
「言っておくが、寿命は多少長いかも知れないが、この子は人間よりも弱いぞ。ほら」
 テルゼは冊子を渡され中身を読み、ええっと大きな声を出した。
「なんでこんなに死なんて単語が多いんだ」
「育てやすい観葉植物をも枯らせる貴様には飼育不可能だ。行くぞノイリ」
 ノイリも生活力のない男より、優しくてお金持ちのエンダーがいい。彼はなんだかエンダーと違って怖いし、やはりエンダーの方がいい。エンダーは理想のご主人様だ。



 鍛冶屋に来ると、ノイリは怖くてニアスにしがみついた。
 怖い人たちがいる。
 焼けた鉄を打つ者の顔が怖くて仕方がない。
「いいなぁ、懐かれて」
 追ってきた魔族のテルゼも怖い。
 前も後ろも怖い。
 知らないところは怖い。知らない人は怖い。
 それでもすがれる人がいるから大丈夫。
「オヤジ、出来ているか」
「そこに立ててある。分かるだろう」
 ニアスは震えるノイリを抱き上げて、立てかけてある内の一本の剣を手にした。鞘から抜き放ち、綺麗な刀身を眺めて満足そうに頷いた。柄には五区を表すらしき数字を元にした紋章が刻まれている。
「請求は城に回してくれ」
 剣を腰に佩して、彼はノイリの背中をぽんぽんと叩いて店を出る。
 怖い店から出るとノイリはほっとした。しかし息をつく間もなく、テルゼが店を飛び出して追ってくる。
「待ってくれ!」
 ニアスは足を止めて振り返る。
「声をかけるな。怯える」
「一緒に買い物しよう。ノイリも私で怯えているようでは、この先不安だろう。この国の者に慣れなければ」
「あの身内から見ても化け物じみている兄貴には懐いている。お前のいやらしい目が恐ろしかったのだろう。自分にとって危険な相手を見分けられるなど立派ではないか」
「そう言わずに。私も懐かれたい」
「自分で気に入る手頃なのを買ってこい」
「そういうの私は好きじゃない」
 ニアスは舌打ちする。ノイリは彼にぎゅっとしがみつく。
 自分が不機嫌にさせていると思うと怖かった。
「とりあえず、だっこさせてくれ」
「貴様というやつは……」
「だっこするだけだよ。うちの姉やら妹と違ってほんと可愛い」
 ニアスは苦渋に満ちた表情でため息をつく。
「今は取って食われないのは保証する。触れられてもかまわないか」
「今は……」
「安心しては危ないが、今は大丈夫だろう」
 ノイリは引きつった笑みを浮かべるテルゼを見て、こくと頷いた。
 区と言っていた。
 ニアスの知り合いなら、偉い人の息子か何かだろう。触れられるだけなら我慢しなくてはならない。奴隷なのだから選り好みはよくない。主以外には媚びを売らないことに価値のある奴隷もあるが、ノイリはそれとは違うだろう。愛想を振りまいて可愛くしていなければならない。うさぎが言っていた。
 ノイリはしぶしぶテルゼに腕を伸ばす。
「軽いっ」
 抱き上げられ、頬ずりされて、気持ち悪い。でも我慢。最近は嫌な人には触れられないから忘れていたが、地上にいたときはよく無遠慮にベタベタ触れられたものだ。
「こら、誰がキスまでしていいとっ。怯えているだろう」
 嫌がっているのが伝わってしまった。自分は駄目な奴隷だ。
「だ、大丈夫です。地上にいたときも、知らない人に手を握られたり、抱きしめられたり、手とか足とか服の裾とかおでこにキスされたりしてました」
「あしぃ!?」
 二人は同時に声を出す。息が合っている。
「見せ物にされていたんです。だから可愛がってくれるエンダー様大好きです」
 ノイリは適度になら触れられるのは好きだ。しかし地上にいたときは、触れてくるのは知らない人間ばかり。知らない人間がノイリに触れて何が楽しいのかよく分からないが、おかげで知らない相手に触れられるのには慣れた。
 でもほっぺたのキスはちょっといや。気持ちが悪いから。
「人間にそんな文化があるのか?」
「私は知らないぞ。地上に遊びに行ってもナンパ目当てだし」
 一緒に生活していた孤児に聞いたことがある。街には「ナンパ」という行為を行うために徘徊する男達がいるそうだ。女性に声をかけて、一緒に遊ぶのが目的らしいが、ノイリにはそれの何が楽しいのかよく分からない。街のことをあまり聞くと、教えた相手も叱られるので、あまり詳しいことを聞けなかった。しかしテルゼのように人間が好きなら、それも楽しいのだろう。
「よく分からないけど、苦労してたんだなぁ。そんな変態のところにいたなんて……」
 片腕で支えられ、後頭部を撫でられる。それは少し気持ちよくて、目を細める。小さなころに面倒を見てくれた女性がこれをよくしてくれた。あの人はどうしているだろう。よく分からない理由で離されてて、それから最後の教会に移されるまでは、嫌な監視ばかりだった。
「ああ、もうマジ可愛い」
 ぎゅっと抱きしめられ、その腕に羽根がはさまった。
「いたいっ」
「ああ、ごめんよ」
 地面に立たされ、本当に痛かったので泣いてしまったノイリの頭と羽根を撫でて、顔をのぞき込んでくる。
 ノイリは少しむくれてニアスの背に隠れた。ニアスは苦笑して手を差し出し、その手をぎゅっと握る。
「痛いのは嫌。ニアス様がいいです」
 そう言うとニアスはふんと鼻を鳴らして歩き出す。
「ノイリ、何か食うか」
 ニアスは少し機嫌がよくなった気がする。
「はい」
 ノイリは嬉しくて笑みを浮かべた。好きな人の機嫌がいいと、ノイリも嬉しい。



 小さなサラダ。
 ノンオイルのドレッシングをかけて、ちまちまと食べる。
 知らぬ野菜があったのか、不思議そうに見て小さくかじり、気に入ったらしくちまちまと食べる。
「可愛いなぁ」
 隣に座るこれまたついてきた魔族のテルゼを横目で見る。
 確かにノイリは可愛らしい。将来はなぜあんな竜族が飼っているのだと後ろ指をさされそうな美女になるだろう。面食いのテルゼが今から目を付けておくというのも理解できる。彼の妹はかわいげがないので、ノイリが余計に可愛く見えるのだろう。現在は軍人の、男言葉で話すニアスの妹を見て可愛いと言うほどだ。
「でもそれで足りるのか?」
「美味しいです」
「美味しいのか。小食だなぁ。うちの妹なんて……」
 彼の妹は他の女性と比べるのが間違っている。愛玩用として売られていたノイリとはもはや別次元の生き物だ。魔族女のくせに、己の筋肉を愛するような奴である。竜族や獣族にはたまにいるのだが、魔族では珍しい。
「ノイリ、デザートは食べないのか。なんでもおごってやるぞ」
 テルゼがでれでれしながら言うと、彼女はこくりと首をかしげる。
 三人は変な客がわかないような、どちらかというと女性が好んで入るような店にいるためデザートは豊富だ。テルゼが指さすケースに並んだケーキ類を見て、ノイリは指をくわえて固まった。
 どうしたのかと観察していると、泣き出した。
「どうした」
「あんなお砂糖と脂肪分だらけの物たべたら、太ってしんじゃいますっ」
 死ぬの一言に、取扱説明書の事を思い出したらしいテルゼがしまったとばかりに顔をしかめた。
 死ぬとは、どうやらこの少女の口癖らしい。
「ケーキの一つではさすがに死なないだろう」
「前にケーキを一切れ全部を食べたら、足の先がいたくって動けなくなりました」
 鼻をすすり、ハンカチを取り出して涙をぬぐう。
「……動けなくなったのか」
「羽を動かして歌ってたいへんでした」
 少しばかり大げさに言っていると思っていたのだが、予想以上に扱いにくい生物らしい。
 涙を引っ込め、名残惜しそうにちらちらとデザート類を横目で見る彼女は、誰が見ても可愛らしいと思うだろう。ほだされる。こう、胸が痛む。
「少しだけなら問題あるまい。残りは食べてやるから選ぶといい。俺も甘いものは好きだが、一つはさすがにくどいからな」
 ニアスが言うとノイリはじっと彼を見つめた。
「ほんとうですか?」
「私の分も選んでくれるかな。それを少しだけわけてあげようか」
 テルゼまで言うので、ノイリは顔を輝かせてケーキのもとへと駆ける。ふくよかな女性の店員がノイリに話しかけ、どれにするか一緒に選んでやっている。見た目の愛らしさは危険も伴うが、ああやって好感を持たれて手を貸してもらえる。彼女の容姿は彼女の武器だ。子供の愛らしさは庇護欲をそそるためにある。女の魅力は、よりよい伴侶を得るためにある。彼女のような女は、その姿が一番武器となる。使いようによっては、この世で最も強い力となる。
 それにあの歌。
 ひょっとしたら、地上で騒ぎになっているのではないだろうか。
 癒しの歌をさえずる愛らしい天族。純白の翼を持つ者を、人間達は神の使いと崇めていると聞いたことがある。実は彼女、人目のつかぬ場所で大きくなるのを待っていたのでは。
 あれほど愛らしい見た目で、飼われることに慣れているのに手垢がついていないのは、それなりの理由があるはずだ。
 彼女は冷たかった監視の人間以外には悪意を持っていない。共に過ごしたという子供達には、好感を持っている。それなりの教育を受けているようで、世間知らずだが頭もいいし知識もあり、行儀もいいし飼われ方を心得ている。
 思惑は人間達にも色々あるようで、何度か場所を移動して、権力者の道具にもされていたようだが……
 ──まあ、この国に来てしまった以上、取り戻しに来る愚か者もいないか。
 人間達が騒いだところで、ニアスは竜族だ。些末なことを気にするのも馬鹿らしい。
 ケーキを食べて子供らしく笑うこの少女が喜べば、どこにいたとしても同じである。どうせ彼女は同族に捨てられ、人間でもないのだから。
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魔道書店の稀書目録 ペンの天使に悪魔の誘惑 (一迅社文庫アイリス) 魔道書店の稀書目録 ペンの天使に悪魔の誘惑
7/18発売
盗まれた〈天使の書〉の噂を聞きつけてメイザス魔道書店にやってきたジールは、奴隷にのようにこき使われている天使達と出会い、〈天使の書〉を買い戻すために書写師として働くことになる。ジールにだけは優しい悪魔の如き美貌と性格と能力を持つ店主と、天使のような(見た目の)少女の魔道ファンタジー。

2007/08/07   窖のお城   92コメント 0     [編集]

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