白夜城ブログ

2話 天族の歌

 お城に来てまだ三日目。
 とても広くて自分の部屋と食堂とエンダーの部屋を行き来するのが精一杯で、階段を下りたら自分がどこにいるか分からなくなって、泣いているところをヘイカーに見つけてもらってからは城の探索を断念した。
 部屋にはおもちゃが山ほどある。子供子供したおもちゃから、不気味な虫のぬいぐるみに、知育玩具他様々。
 縁がなかった高価な人形もあり、飽きることはなかった。
 パズルの系統も多く、一つをとくのに半日かかるため、これから先もしばらくは退屈しないだろう。
 彼女は何もしないでじっとしていることには慣れている。
 主が帰ってきたら主のために歌うだけというこの生活は、とても『楽』で『苦痛』だ。
「むずかしい」
 頭はあまりよくないから、考えなければいけないパズルは難しい。
 頭が熱くなってくるとクッションの上にごろんと横になり、ぱたぱたと羽根を動かして自分を冷やす。羽根を動かすのは運動になる。
 部屋の中を歩き回り、翼を動かして運動する。元々食べている量が少ないので、それで太らない。筋肉もあまり付けすぎると動けなくなるため、天族というのは霞を食べられないととても脆弱な種族なのだ。
 この地下帝国に住まう者達は、それに比べれば頑丈で強く制約が少ない。彼らは地下に住んでいるだけで、けっして外に出られないわけではない。ただ太陽ほどの光が少し苦手で、天井に輝く人工太陽がちょうどよいらしい。
 地上に『魔物』が夜に出やすいのは、目が疲れるから昼間はあまり出たくないというだけだ。夏ともなれば暑いし、日差しは強いので地上に暮らす者でも外には出たくないものである。そして冬の雪降る中、この適温に慣れた魔物達は外に出たがらない。
 慣れてしまえば、ここは住み心地はよいのだ。植物を育てる場所もあるらしく、人工太陽のおかげで冷夏もなく、日照りもないので干魃もなく、雨も降らないので水害もない。だから食糧供給はとても安定している。暮らしてみれば人間の想像と違いずいぶんと恵まれているのだ。もちろん、恵まれていると感じるのはこの裕福な区画の主であり、いくつもの菜園を持つエンダーの奴隷だからだ。
 見下ろす町はとても綺麗で、なぜつぶれないのか不思議なほど広い。
 緑はないが、土壁と煉瓦の綺麗な町。
 町を眺めているのにも飽いたので、再びパズルに手を伸ばして、ドアが蹴りあけられて飛び上がって大きなクッションを盾にして隠れる。
「何だ貴様はっ」
 爬虫類のような雰囲気の男が部屋に踏み込んでくる。
 すらりとしているが、筋肉がついていて立派な体格だ。目つきは鋭く、鋭い歯が生えている。恐ろしくて目を伏せ、大きなクッションにしがみつく。
「何が侵入したと思えば、人間のガキか?」
 その人は乱暴な足取りで靴を脱いであがる部屋を土足で踏み荒らす。
「なぜ人間のガキがこんなところで遊んでるんだ」
 クッションを挟んでしゃがみ込み、ノイリをにらみつけてくる。
 かたかた震えていると、彼は彼女の翼をつかんで引っ張る。
「いたいっ」
「本物か……お前まさか天族か」
 こくこくと頷くと、彼はノイリの顔に触れる。怖い。顔が怖い。
「天族のくせに、魔族みたいな顔しやがって」
 魔族とは人に近い姿の魔物だ。彼らのような爬虫類に似た者達は竜族と呼ばれている。竜族はとても強くて、粗野で、凶暴で、肉食で、恐い。
 形ばかりは人間の姿とよく似ているが、顔立ちや肌はまったく異なり、人間を食べることもある。
 夜の森は彼らが出てくるときがあるから、絶対に入ってはいけないと言われていた。
 聞かされた昔話を思い出し、ノイリは己の震えを止められなかった。彼はそんな震えるノイリからクッションを奪い取り、ぽいと背後に投げ捨てる。
「害は加えぬから震えるな。貴様はここで何をしている」
 彼女はここにいろと言われてここにいるのだ。彼が侵入者でない限りは、ノイリをどうこうする資格はない。この城の主はエンダーで間違いないのだから。危害を加えられる可能性は低いと分かっていても、見慣れぬ恐ろしい外見の男に見られていると身体が震えてしまう。
「ご主人様に……仕事が終わるまであそんでいなさいって
「ご主人様?」
「エンダー様です」
 竜族の青年は舌打ちして、頭をかいた。尻尾が毛足の長いカーペットを叩く。
「何考えて天族なんて買ったんだあいつは」
「…………」
 あいつと呼ぶからには、それなりに親しい仲なのだろう。
 ペットを飼うのが嫌いなのかも知れない。
 怖い。
「こんなことほしていて貴様は楽しいのか」
「楽しい……?」
「ったく、あのデブは」
 彼はノイリの腕を掴んで立たせると、簡単に抱き上げて部屋を出る。
 顔が近くにあって怖い。竜族と言われる元となっているのだろうとがった角が怖い。
「ふぅ……」
 涙がこぼれ落ちそうになると、彼はちらとノイリを見る。
「取って食やしないから脅えるな。俺は──いや、この国の大半は自分と同じほど言語を理解する生き物を食うほど悪趣味ではない。ごく一部の悪趣味か悪食どもだけだ」
 背中をぽんぽんと叩かれ、ノイリは涙を手の甲で拭って彼を見る。
 顔立ちは怖いが、ノイリの知識にあるほど野蛮ではないらしい。
「俺たちから見たらよほど天族の方が不気味だ。首を切ってもひっつきやがる」
 彼は背中に回していた手で、ノイリの首輪を後ろから引っ張り、吐き捨てるように言う。
「魔力があれば、よっぽどのことがないと治るみたいです」
「お前もか」
「わたしはそんな魔力がないからここにいます。まっとうな天族を捕まえようとしたら、全魔力を放出の抵抗して最後には自滅します。普通の天族は自分の限界なんてしらないから」
 魔力があれば無限の再生能力と力を持つが、魔力がなければ生きられない。常に魔力があるのが当たり前の状態で育つと、ノイリのように限界が曖昧になる。少し辛いと思ったところでやめないと死ぬ。普通の生き物なら苦しみと限界への距離はまだ余裕がある。しかし天族だとその距離は同じだとしても、歩幅が違うのだ。歩く者と空を飛ぶ者が同じ速さでは進まない。少しの動きで大量の魔力を消費する天族は、限界を感じてやめなければそれで終わり。だから自滅する。それが天族の弱さ。
「お前はまっとうな天族じゃないのか」
「カスミを食べる──魔力を大気中から取り入れる器官がだめだから捨てられました」
 全く出来ないわけではない。それでも効率が悪いのだ。
 だから天族のことは知識としては知っているが、心の底からは理解できない。幼い頃は一緒にいた母も、ノイリを育てることを諦めて人間に託した。ノイリは人間の姿に近かったから。
「欠陥があると捨てるか。どこまでも外道な奴らだ」
「一時期でも群れから離れて育児をしたり、育てられなくて人間に預けたりする天族はあまりいないそうです。でも他の生物から見たらそれがマトモなんだって、巫女様が言ってました」
「……そうか」
 彼はもう一度だけノイリの頭を撫でて、エンダーの執務室の前で足を止める。
 お仕事の邪魔にならないか、邪魔をして嫌われないか、とても怖くなった。



 部屋の中は本がいっぱい並んでいた。
 紙の匂いはとても好き。
 書類に目を通す、でっぷりとした蛙のような主は、突然の訪問者を見て笑みをこぼした。
「なんだ休暇か、ニアス」
「そうだ」
「ご苦労だったな。虐められたりしてはいないか?」
「俺は子供か」
 ニアスというらしい竜族の男はノイリを床に立たせる。
「なぜお前がノイリを?」
「元俺の部屋に気配があるのでのぞいてみたら、生き物を市で買ったなどという悪趣味を知ったからだよ」
 悪趣味。
 確かに肥満の天族など悪趣味の極み。彼も天族は不気味だと言っていた。自分自身も天族だが、彼女も心の底から不気味な一族だと思っている。まず見た目がとても怖いのだ。石を投げれば街が一つ壊滅するほど暴れるし、空飛ぶ天災との異名もある。
「わしもそう思っていたが、見つけてしまったのでなぁ。
 コアトロが目の色を変えていたから、捨ておけんかった」
「そりゃ、まあなぁ」
 ニアスはちらとノイリを見て、ため息をついた。
 哀れんでいるのだろうか。
「可憐だろう。とても良い声をしている。天族の歌の美しさから凶悪さが抜けているから、とてもすばらしい」
 天族の歌は死の歌とも言われている。天族が歌えば天は曇り雷鳴とどろき雨が降り、嵐となる。そして落雷により敵を滅ぼす。
 ノイリの歌にそのような力はなく、魔力を乗せて傷を癒すことぐらいしかできない。
「ったく。そこまで節操をなくしたかとひやりとした」
「まさかまさか」
「今回は仕方がないとして、これ以上成金みたいなことをしたら兄弟の縁は切るぞ」
 エンダーは肩をすくめる。
 兄弟。
 血縁者。
「っ」
 驚いた。
 きっと血はつながっていないのだろう。つながっていても片親だけか。
「ノイリ、どうしてそんな隅の方で怯えているんだね。弟に何かされたのか?」
 ふるふると首を横に振る。
「どうせ俺と兄貴が同じ生物と知って驚いてるんだろ。竜族のくせに蛙みたいに太りやがって。比べた者は例外なく腹違いか何かと思うんだ」
「おなじ」
 そういう体格の種族が少し太っているのだと思っていた。スリムになれば人型とさして変わらぬほどになるなんて、信じられない。ニアスのシルエットはとても人に近い亜人間型だ。
「まあ、最近ちょっと太ったような気もしなくはないがなぁ」
「ご主人様っ、し、死んでしまわないっ?」
 せっかく優しい主に買ってもらったのに、死んでしまったら悲しい。太りすぎて死ぬのは天族だけではない。人間だって太りすぎて死ぬこともあるらしい。
「天族と違って多少太ったからといって死にはしないさ」
「本当?」
 竜族の基準ではまだ大丈夫なのだろうか。それならこれ以上太らなければいいのだが、不安で不安でたまらない。
「もちろんだとも。ノイリは心配性だなぁ。わしは健康だけには自信があるぞ」
 エンダーが立ち上がり腕を広げたので、うさぎに教えられたとおり駆け寄ってしがみついた。
 彼が死んでしまったと考えるととても怖い。
 怖くて怖くて仕方がない。もう優しくしてくれた人がいなくなるのはいや。
「お前は本当に可愛いなぁ」
 頭を撫でる手の感触に、少し安心して涙をぬぐった。
 それからしばらくしがみついて少し落ち着くと、エンダーから水をもらいこくりと飲む。
「まあ、可愛いと言えば可愛いな。子供なんてものは可愛いものだ」
 こくりともう一口水を飲む。
 水は太らないから好き。それにこの水はとても美味しい。いくらでも飲めてしまう。美味しい。
「ニアス、それよりもこれを読んでおけ」
 エンダーは机の引出から冊子を取り出してニアスに手渡す。
「天族の飼い方?」
 彼はページをめくって、目を通す。
「こまめに水を与えてください。毎日適度な運動をさせ、本人の望むだけを歌わせてください。食事はバランスに気を遣い、野菜や果物を中心に、タンパク質も与えてください」
 説明書は子供にも読めるように作ってあるとうさぎが言っていた。買い取るのは子供の可能性もあるというのが表向きで、難しく書くと説明書を読むのを諦める者がいるためらしい。大切なことを分かりやすく箇条書きにして、無茶な飼い方をして死なせてしまったとき、苦情をつっぱねるようにしているのだそうだ。エンダーはちゃんとノイリの主張を聞いてくれる、いい主なので本来ならあんな説明書はいらない。
「絶対にしてはいけないこと。食事を過剰に与えないでください。これ以上の肥満は命に関わります。現在の体重を維持させてください。肥満で動けなくなると腐って死にます」
 彼は首をかしげる。
 顔がますます怖くなっている。
「運動させすぎないでください。筋肉が増えすぎると身体に負担がかかり死んでしまいます。歌わせすぎても魔力を消費しすぎて死んでしまいます。本人が歌いたいだけを歌わせてください」
 彼は説明書を睨み付けていたかと思うと、顔を上げてエンダーを怒鳴りつけた。
「なんて難しい生き物を飼ってるんだよ! こんなに死ぬばっか書いてある説明書見たことないぞ!」
「問題ない。ノイリは賢い子だから自分の生態をよく知っている。限界も」
「兄貴に飼われて太らないはずがないだろう。しかも運動をさせすぎるなってのが難しい。自己管理も出来ない貴様にこんなのが飼えるのかっ!」
 確かに、エンダーに言われるままにしていたら死ぬ。だがエンダーは話を聞いてくれて、理解してくれる。この理解が一番大切なのだ。
「食事は別だし、少し歩けば運動らしい。寂しくはあるが、今の生活を続ければいいんだ」
 ニアスはもう一度ぺらぺらとページをめくり、ため息をつきつつ顔を上げると言い放つ。
「兄貴、同じ物食べろ」
「ノイリはわしの好む物を好かんよ」
「兄貴がこのガキと同じ物を食べれば良いんだ。絶対に痩せる。このガキじゃないが、俺達もいつか兄貴は肥満が原因の病気で死ぬんじゃないかと冷や冷やしている。兄貴がいなくなったら皆が困るからな」
 エンダーはぐぅとうなり、ノイリを見つめた。
 やはり太りすぎると死んでしまうのだ。死んでしまっては嫌だ。
「生き物を飼うんなら、責任持って自分も長生きしろよ。ガキを泣かすなよ。兄貴みたいなのにガキが懐くなんて奇跡が起こってるんだ。地上の奴らにとって竜族なんて恐ろしいだけで、兄貴はさらに怖いだろうに」
 エンダーは少ししょんぼりとして頷いた。
 竜族本人からしても、自分たちは恐ろしい姿だという自覚があるのには少し驚いた。
 人間からすればあまり仲の良くない相手だから、歪んだ情報が入ってきても仕方がないことではあるが、粗野で凶暴という話とはほど遠い知性がある。
 姿が違うだけで、ずいぶんと貶めていたのだと恥じ入りながら水をなめた。
 ニアスも優しいから、好きになった。エンダーと、ヘイカーと、ネズミのマルタの次に好き。



 歌は好きだ。しかし自然と魔力が乗ってしまうのであまり歌えない。だから歌いすぎても死んでしまう。
 歌わずに古い魔力が貯まって新しい魔力を取り込めなくなっても、動きが悪くなって太って死んでしまう。
 だからほどほどに歌う。一日中歌ってられるのは嵐と雷土を身に宿す、あるべき姿の天族だけ。
「夕食後のこの時間が一番の楽しみでな」
 エンダーの言葉が少し嬉しい。
 室内に設置された止まり木に腰掛け、宝物室に眠っていたという竪琴を鳴らして羽根を動かしながら歌う。羽根を動かさないとあまりよく歌えない。羽根は魔力が一番宿る場所で、天族にとって一番大切な部位。
「本当に小鳥みたいな奴だな」
 地下に小鳥はいない。彼は地上に出たことがあるのだろうか。それともノイリのように捕まえてきて売られているのだろうか。
 竪琴と高い声が響き、昼間よりもずいぶんと暗い明かりがいくつも浮かぶ窓の外を見ながら、あの狭い空ぐらい飛べたらいいのにと考える。
 死ぬ気で頑張れば出来るかも知れない。
 本当に死ぬかも知れないので出来ない。死んでもいいと思うほど、空に対する憧れはない。
 食べた分ほどの魔力を使った頃、ノイリは歌うのをやめて木の枝から降りた。夜寝れば食べた物から新しい魔力を作る。この循環が大切。魔力を使えばたくさん食べて良いという物でもない。たくさん食べたらたくさん魔力を使わなければ死ぬというだけだ。ただ魔力を使い続ける体力がノイリにはない。だから今のバランスを保たなければならないのだ。
「もう終わりか」
「これ以上歌ったら魔力がなくなって死んじゃう」
 ニアスは舌打ちして足を組む。
 期待に応えられない魔力しかない自分が嫌になる。
「楽器まで扱えるって事は、前もどこかで飼われていたのか?」
 ニアスの言葉にこくりと頷く。
「人間の教会で。ときどき身なりの良い死にそうな人が来て、歌わされていました」
「お前は死ぬ生きるしかないのか」
「そんなことないです」
 ニアスはお茶を飲んでテーブルに肘をつく。
 ノイリは歌の代わりに竪琴を鳴らす。
 歌と違って疲れないので、これならもうしばらく続けられる。
「お前の出来る楽器はそれだけか?」
「弦楽器なら練習すればたいだい。肺活量がないので、管楽器とかはむりです」
 身体が弱すぎるというのは、本当に情けない。普通の生活すらまともに出来ず、誰かに頼らないと生きていけない。自分で働いていたら生きていけない。自己管理しながら働くなど出来ない。死ぬ。だから誰かに飼われるのは仕方がない。
 飼われるなら、優しい主がいい。優しいからこのままでいい。
 ふと、窓の下に明かりが集まっていることに気付き、ノイリは竪琴を抱えて下を覗く。
「何か珍しいものでも…………なんか下に集まってるな。おい、ヘイカー。あれは何だ」
 ニアスも窓辺に寄り、下を指さして問う。
「あれはノイリの歌を聴きに集まっております」
「届くのか」
「魔力が乗っているので、おそらくは町中に。どうやら癒しの力があるらしく、女神様と有り難がっているようでございます」
 魔力が乗っているのだから当然だ。
「なんでそんなことをしてるんだ」
「私の歌は、そういう歌だから。
 天族が首を切られて死なないのは、この歌のような魔力があるからだ。
 本当は攻撃にも身を守るのにも使うけど、私が攻撃すると魔力が尽きて死んじゃう」
「自分は簡単に死ぬのに、他人は癒すのか。ああ、だから死にかけの金持ちが」
 彼はまた顔を顰める。
 気にくわないのだろうか。
「これニアス。お前が不機嫌な顔をするからノイリが脅えるだろう。この子はすぐに脅えてしまう臆病な子だ。あまり怖い顔をするな。ほら、おいで。わしの膝の上でさえずっておくれ」
 ノイリは翼を動かして彼に寄ると、抱き上げられてぶよりとした膝の上にのせられた。



 すよすよと醜い兄の膝の上で眠り始めたまだ幼い天族を眺め、ニアスはため息をつくしかない。
 この町に響き、離れたところにいる者を癒す程の魔力。
 これがあっても、彼女は魔力が弱すぎて生きていけないらしい。見た目は可愛らしいが、彼ら天族にとってはかなり深刻な肥満児であり、食わせすぎればあっという間に足から腐ると書いてあった。
 この妖怪のように太っている男が病気になる気配すらないのに、痩せた子供という雰囲気のこの少女が肥満で死ぬ可能性があるという。
「本当にそんな子供育てられるのか。説明書を読むだけで恐ろしい」
「このような天族は珍しいが、前例がなかったわけではないらしい。死んでしまうのも、ほとんどは無闇に食べさせたか、この癒しの力を過剰に使わせたからだ。
 ほどほどを追求した生き方をすれば長く生きられるのがこの子だ。
 賢い子だよ。今まで自分の仕事は自分の管理だったんだろう」
 太い指で少女の輝くような髪を撫でると、魔族の子供のように可愛らしい顔を幸せそうに笑みにする。
 彼が知る天族とは氷と火ほどに違う存在に見えた。天族など殺しても死なない、他人などには感心のない、関心があるものだけは異常な関心を見せる、骨と皮だけの動く死人のようなバケモノだ。しかし彼女は違う。
「天族ってのは、太るとこんなに綺麗なもんなのか」
「個体差があるだろう。彼女がここまで管理されることになれているのは、やはりこの可憐さも一役買っているのだろうなぁ。住んでいた教会が賊に襲われて地下に売られたらしい。一緒にいた子供達は一部の蛮人共に食われたそうだ。可哀相に」
 それで彼女は城内で出会いながらもあれほど脅えていたのだ。
 部屋にいるのも当たり前。
 楽しくなくともそれが当たり前。
「はじめはコアトロに買われるのが哀れだったから置物の延長のような気持ちで買ったのだが、手元に置くとたまらなく可愛くてなぁ」
「だったらそろそろ妥協して所帯持って子供作れよ。もしも兄貴に何かあったときに跡継ぎもいなかったら、俺達に火の粉がかかるだろう」
 珍しいと言われるが、長兄以外はこの街の支配者となるのを拒んだ。お家騒動などまったくない、平和な区画。統治するのが平和主義の上に仕事だけはできるエンダーだから、城下は比較的平和である。これで跡継ぎさえいれば何の問題もないが、なにせこの容姿。金と地位はあるので女が寄ってこなくもないが、その手の女はその魂胆を見抜いて歯牙にもかけない。気にかける女はレベルが高すぎて彼に興味がない。兄が好きになった相手が、ニアスに告白してきたこともある。あの時は兄の気持ちを知っていたから、とにかく丁重に穏便に荒立てずに平謝りして断った。
「ペットで寂しさを紛らわせるのは末期だぞ」
「ほっといてくれ」
「大きくなっても嫁に出来るわけでもないだろうに」
 それ以前の問題で、あんな男にのしかかられたら、あの取扱説明書付きの天族は死んでしまうだろう。
「ほっといてくれ。
 さて、ヘイカー、この子を寝室に連れて行くから、着替えを手配させてくれ」
 城の主自らが可愛い可愛い奴隷天族を抱き上げて、大切に大切に運んでいく。そのうちお父さんと呼びなさいと言い出しかねない可愛がりように、ニアスはため息をつく。
 未婚の男が魔族型の奴隷を買っては、また変な噂が流れるだろう。見合い相手が減ってしまうのは目に見えている。一族の──弟たちの気持ちをあのデブはどこまで理解しているのか余計に分からなくなった。

back    next

誤字の報告はこのフォームからお願いします


魔道書店の稀書目録 ペンの天使に悪魔の誘惑 (一迅社文庫アイリス) 魔道書店の稀書目録 ペンの天使に悪魔の誘惑
7/18発売
盗まれた〈天使の書〉の噂を聞きつけてメイザス魔道書店にやってきたジールは、奴隷にのようにこき使われている天使達と出会い、〈天使の書〉を買い戻すために書写師として働くことになる。ジールにだけは優しい悪魔の如き美貌と性格と能力を持つ店主と、天使のような(見た目の)少女の魔道ファンタジー。

2007/08/07   窖のお城   90コメント 0     [編集]

Comment

 

Pass:   非公開:    

.

最新記事のRSS

.

更新履歴 カテゴリ コメント

.

.

拍手

.

リンク

.



.

.

.