白夜城ブログ

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魔道書店の稀書目録 ペンの天使に悪魔の誘惑 (一迅社文庫アイリス) 魔道書店の稀書目録 ペンの天使に悪魔の誘惑
7/18発売
盗まれた〈天使の書〉の噂を聞きつけてメイザス魔道書店にやってきたジールは、奴隷にのようにこき使われている天使達と出会い、〈天使の書〉を買い戻すために書写師として働くことになる。ジールにだけは優しい悪魔の如き美貌と性格と能力を持つ店主と、天使のような(見た目の)少女の魔道ファンタジー。

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5話  今日はとってもとっても気合いの入ったお洋服だ。
 髪はアップにして一部を垂らし、花の飾りをいくつもつける。ドレスにもコサージュをつけて、二の腕から肘までに綺麗なヒモを巻くと、ふわふわの袖がきゅっとしまってもっとふわりとする。
 お花の妖精のような格好だ。エンダーが可憐だと言ってくれると嬉しい。想像すると、胸がきゅーっとなる。エンダーにほめてもらって撫でてもらうのが大好きなのだ。
 だからいつもいつも可愛い格好をするが、今日は特別な日なので髪にまで気合いが入っている。
 エンダーの祖母が誕生日で、おめでたい歳になったそうだ。その誕生日パーティにノイリもつれていってもらう。お祝いの歌と音楽を贈って欲しいと言われた。だから名前を知らぬ楽器をいくつか一週間ずっと練習していた。誕生日を祝うなど、話には聞いていたが身の回りではなかった。自分の誕生日を正確に知っている人がほとんどいなくて、聖職者は年を取らないことになっているので、誕生日を祝わない。もちろん数えないだけで、普通に年を取って身体は衰える。よく分からない風習だが、どうせノイリ達には関係のないことだった。
 そんな当たり前なはずなのに遠かった風習が身近にあると思うと、少し嬉しい。
「マルタおばさん、ご主人さまのおばあさまは、優しい方?」
「さあねぇ。フィナン様はあたしら使用人から見ると、厳しいお人だよ。ニアス様やラクサ様──エンダー様の妹君は、おばあさまの気質を引き継いでいらっしゃる、自分にも他人にも厳しい方だよ。それでもニアス様は騎士になるために育てられたから、女子供には優しくてらっしゃるけど、女は女に厳しいからねぇ」
 ラクサという女性は、この服を拒んだ人物だろう。
 男物を好んで着ていたらしい。そして兄のニアスについて遊んでいた、やんちゃでお転婆なお姫様。
「ラクサ様とはまだ会ったことがなかったね。あの方でも、フィナン様の誕生日にはいらっしゃるだろうよ」
「ニアス様も来るかな」
「来るだろうから安心おし。ニアス様のことも好きになったんだね。うんと可愛くなったから、きっと驚かれるよ」
 久しぶりにお化粧もした。エンダーに買ってもらったときは化粧もされていたが、遠目で綺麗になるように少し派手だった。今日は薄付きで、淡い色の紅を塗った。やってくれたのは若い竜族の女の人で、お人形遊びをしているようだと言っていた。魔族型と竜族では化粧の仕方はかなり違うが、基本は似たようなものらしい。ただ肌の質感が違うので、いつもと違って楽しいのだという。
 ノイリもお化粧をしてもらうのは好きだ。なんだか楽しい。
 飽きずに鏡を見ていると、ドアがノックされ、エンダーが入ってくる。
 ノイリは見てもらいたくてエンダーの元へと走った。
「こらこら、お転婆にしていると 髪型が崩れるでしょう」
 マルタに言われて、ノイリは大人しくエンダーに抱きついた。すると彼は両脇を掴んでひょいと彼女を持ち上げる。
「おお、ノイリ。何て可愛いんだろうねぇ。妖精のように可憐だ」
 想像通りほめてもらえてノイリは嬉しくてたまらない。
「さて、水はもう用意したから、馬車のところに行こうか。それほど遠くない、一時間ほどでつく距離だ」
 馬車と呼ばれているものを思い出す。馬車とは馬が引くから馬車だ。エンダーに買われたときには馬車だった。魔物だったが、馬型をしていた。初めは気付かなかったが、次に見たときに驚いた。だって目が三つあったから。
 人間とはまったく違う感覚のため、こういうところにいつも驚かされる。
 時折、竜が頭上を飛んで、とても高い位置にある軍用通路を行き来するのも、初めは驚いた。
 よその屋敷に行くのは初めてだから緊張する。また驚くのだろうなと思いながら、エンダーに手を引かれて馬車に向かった。護衛の竜族と、お付きとしてヘイカー達が来る。マルタは来ないので少し寂しい。
「今日はいい香りがするな」
「翼に少し香水をかけたんです」
 手足も綺麗にして、飾り立てて、とっても可愛くしてもらった。可愛くするとエンダーが喜ぶから好きだ。
 馬車に入ると、一時間はずっとエンダーと一緒にいられる。いつもはお仕事をしている時間だから、とっても嬉しい。



 エンダーの祖母の屋敷に到着すると、若くてニアスのように格好いい竜族の青年に出迎えられ、気取った様子で案内してくれる。
 通されたパーティー会場には、既にたくさんの人が集まっていた。
「兄さん」
 ドレスを着た竜族の女性が寄ってくる。ニアスに似ているのだが、身体の線が女性だ。すごくスタイルが良くて、とてもエンダーの妹とは思えなかった。
「おお、ラクサ。ちゃんと女物を着たか。何年ぶりやら」
「時と場所は選ぶ」
 エンダーの妹、ラクサは鼻を鳴らした。口を開くと本当に男の人のようだ。エンダーの影に隠れて見つめていると、ラクサと目が合ったので、微笑みを向ける。こうすると喜ばれるから。
「このドレスが似合う生物が、世に存在するなんて……」
 ラクサはよろけて近くのテーブルに手をついた。
 喜んでもらえるように可愛くなったのに、どういう意味だろうか。
「ラクサ、母がお前のためにつくったものだぞ」
「どう考えても私には似合わないだろう。魔族と闇族のハーフあたりなら可能性はあるが。
 しかしこれがノイリか。ニアスが可愛かったと言っていたが……本当に美女と野獣だな」
「ニアスがそのようなことを……」
 エンダーは野獣などではない。少し怖いが、どう見てもインテリな魔物だ。野獣などと称されるような野蛮とは、初対面でも思わなかった。
「ノイリ、妹のラクサだ」
「はじめまして。ノイリです」
 もう一度笑みを向けると、彼女も微笑みを返してくれる。竜族の美醜はやはりよく分からないが、色っぽい人だと思った。確かに彼女にはこのふわふわのドレスは似合わない。男装は、きっととてもよく似合う。格好良い女の人だ。
「ニアスはもう来ているか?」
「ああ、どこかに……おや、若君」
 ラクサの視線の先を見ると、赤いスーツを着たユーリアスがこちらに向かってくる。とてもよく似合っているが、少しくすんだ血のような赤が、ますますホラーっぽい。
「エンダー殿、この度はお招きありがとうございます」
「かまわんよ。ここには他区の有力者も来るから、お前さんの社会勉強になると思ってな。それにユリアはノイリの歌が好きだろう。練習したから、聞いてやって欲しい」
 ノイリはエンダーを見上げた後、ユーリアスに笑みを向ける。
 今日は迷子になっていないようで安心だ。
「相変わらず……恐ろしく少女趣味なドレスが似合っているな」
「元はラクサのドレスだよ」
 ユーリアスはそれを聞いた瞬間、目を見開いてラクサへと顔を向ける。
「袖を通したことはない」
「よかった」
「自分でもよく分かっていることだが、さすがに失礼だぞ」
「申し訳ない。
 しかしラクサ殿はいつもの雄々しい姿も似合いだが、今日のような麗しい姿も魅力的だ」
「世辞を言えるほどには成長したか」
「飲み物でもお持ちしましょうか?」
「いらん。兄にもいらん。酒ばかり飲んでは余計に太る」
 エンダーが傷ついている。しかしアルコールと暴食が彼の肥満の元。絶たせようとするのは立派だ。
 ノイリは嫌われるのが怖くて言えない。
「お水って、ありますか?」
「お前は水か。あるだろう」
「もらってきます」
 ノイリはグラスが並ぶ場所に向かう。酒を配って歩いているボーイもいるが、水は持っていそうにない。
 給仕に頼んで水をもらうと、こぼさないようにエンダーの元へと帰るが、知らない人と話をしていてたので、近くにあった椅子に座って待った。
 ちょっと退屈だが、お仕事でもあるのだから仕方がない。
「ノイリ」
 水を飲もうとしていたノイリは、久しぶりに聞く声に顔を上げる。会いたかった姿を見て目を輝かせた。
「ニアス様」
 ノイリは立ち上がり、コップをどうしようかと悩んでいると、彼が目の前に来て頭を撫でてくれた。
「見ないうちに少し大きくなったな。前よりも健康そうだ」
「…………」
 ノイリはショックで言葉も出ない。
 大きくなるということは大人になるということ。
 可愛くなくなるかも知れない。その上──
「…………どうした?」
「太ったんです」
 だらしなく太ってしまった。
「いや、何も泣かずとも」
「ごめんなさい」
 お化粧をしてもらったのに泣いてはいけない。
「あのな……その、ほら、ヘイカーに土産物を渡した。帰ったら見るといい。だから泣くな」
「あり、ありがとうございます」
 嬉しい。ニアスがノイリの事を忘れないでいてくれた。抱き上げてくれる。嬉しい。大好き。でもコップを持っているから少しどきどきした。
 高そうなスーツを着ている。どうしようか。
「兄さん、何でれでれしているんだ」
 からかうような調子で、別の男性と話をしていたラクサがやってくる。
「私と違って可愛らしいから、妹らしいと?」
「お前も可愛い妹だ。ただこの子は特別に見た目から可愛い。生物は小さくて可愛らしいものを庇護する習性がある」
「兄さん……相変わらずだな。まあいい。そろそろお祖母様がいらっしゃる。見せぬわけにもいかないから、私達が紹介しよう。エンダー兄さんがすると、まずい」
 ニアスが唸る。
 やはりノイリは迷惑なのだろうか。家にいた方がよかったのではないだろうか。外に出してもらえなくてもかまわないのに。
「ニアス様っ、お久し振りですっ」
 ノイリは若い女性の声を聞いて、迷惑ではないだろうかと肩を振るわせた。どうしようとおろおろしていると、ニアスが舌打ちして見るので、ノイリもつられてそれを見た。
 エンダーと話していた時、ラクサが言っていたことを理解した。
 ノイリはあまり服のことについては知らないのだが、この世には何も分からない子供の目から見ても、似合わない組み合わせがあるのだと知る。
 ラクサのような竜族が、ノイリのようなふわふわの服を着ている。自分の時は、自分の事ながら可愛いと思った。しかしあれは……ないだろう。顔立ちはラクサの方が整っているように見える。美醜はあまりよく分からないが、なんとなく整っていると思うものは、他の種族が見てもそう思うことが多い。しかし彼女の顔が汚いわけではない。化粧がどちらかというとラクサのようなドレスが似合いそうなもので、ものすごく不気味。服と何一つ合っていないから怖い。ラクサのようなドレスだったら綺麗だろうに、ふわふわふりふりだから恐い。
「泣くな、ノイリ。気持ちは分かるが」
 しがみつくノイリの頭を撫でてくれる。
 初めてエンダーを見たときと同じほど怖い。しかし見た目だけなのだろう。見た目で判断してはいけないと、ここに来て学習している。実践はまだ出来ないが。
「ニアス様、御前試合で見事に勝利なさったそうですね。お噂はこのような地にまで流れてまいりましてよ」
 ニアスは心なしか嫌そうだ。なんとなく伝わってくる。嫌いなのだろうか。男性はおしゃべりが過ぎる女性を嫌う。ニアスはよくさえずる女は嫌いだろうか。
「久しいな、ルイゼ。お前は相変わらずだな。少しも変わらない」
 昔からなのかこれは。だからラクサがこのドレスに拒否反応を示しているのかもしれない。
「その子がエンダー様の買った子ね。なんて可愛いのっ」
「ひっ」
 手を伸ばされ、ノイリはついニアスにぎゅっとしがみつく。
「この子は人見知りが激しい。無理だ。離れろ」
「まあ、私みたいに優しげな女にも脅えるなんて」
「や、やさし……」
 ニアスが続きの言葉を飲み込む。
 ノイリの感覚がおかしいのではなく、彼女の感覚がおかしいようだ。
「生きたお人形さんみたいねぇ。かわいい」
「ひぃっ」
「ひぃって……失礼な子。やっぱり可愛くないわ」
 ノイリはぷくりと頬を膨らませて不気味な竜族女を睨み上げる。
 センスも悪いし、この人はちょっと嫌い。エンダーは恐いけど優しいし可愛いと言ってくれるから好き。脅えても怒らなかったから好き。
「ラクサ、ノイリを頼む」
「ああ。お前は挨拶に行ってこい」
 ニアスはノイリに手を振って挨拶回りを始めた。えらくなると人付き合いが増えて大変だ。
 少し水を飲ませてもらい、コップ一杯を飲みきるとボーイにグラスを渡す。それを見るとラクサが手を出したので、握る。手袋をしているので、ノイリよりも体温が低い竜族の肌は感じられないが、女性にしては少しごつごつした手の形を感じる。城の竜族と違って、軍人として鍛えているからだろう。
 ノイリはその手を見つめている内に、年老いた竜族の前に立たされていた。
 怖そうだが、気品があって嫌いではない。すっとするような良い匂いもする。この匂いは好き。
「お祖母様、お久し振りです」
「本当に久しいねぇ。なかなか戻ってこられないのは分かるけど、たまには遊びにおいで。
 ところで……」
 老婆──フィナンはノイリを睨み付けた。
 嫌いではないが、怖い。怖いが、嫌いではない。品のある女性だから、簡単にはわめき立てないだろう。わめき立てたら嫌いになる。
「天族のノイリだ。地上では神の使いとして育てられていたらしい」
 何のことかよく分からないが、ノイリはフィナンを見上げてこんにちはと挨拶する。
「ずいぶんと太った天族だね。まるで人間じゃないか」
 確かに、太りすぎている。ここに来たときよりも身体に肉がついた。悲しいが事実だ。言われて怒ってはいけない。
「あれらと違い無害です。逆に区都を医者いらずと呼ばれるようにしてしまいましたよ」
「聞いているよ。医者が嘆いているのではないかい」
「いいえ。身体に問題のある裕福層がこぞって越してくるもので逆に潤っていると聞きます。歌を聴けば楽になっても、一度に治るわけではないから、医者はどうしても必要です。アパートの空き部屋も埋まって、新しい商売をする者が出てきています。いつの間にか観光名所にもなっているし、商魂たくましいものですよ」
 そういえばお年寄りがよく手を振ってくる。気を抜くと囲まれてしまうので、買い物に行くのにも苦労するのだ。しかも美味しそうな物をくれようとするので、誘惑が多く涙が出そうになる。とても嬉しいが、とても悲しい。
「移動する観光名物かい。愉快な子だねぇ。エンダーも見る目はあるんだけど……ねぇ」
「見る目がありすぎるというのも、困りものです」
 エンダーはとてもステキな女性ばかり好きになって、相手にしてもらえないのだそうだ。エンダーはちょっとどころでなく肥満気味だから、恵まれた女性は遠慮してしまうらしい。竜族は強くてスマートな男がもてるのだという。だからニアスはとっても素敵な竜族だと女の人がみんなしてうっとりしながら言うのだ。
「結局、手に入れているのが金で買った鳥だけかい」
「そう言わずに。誰か、背もたれのない小さな椅子を用意しろ」
 使用人に命ずると、素早く椅子が用意される。ノイリはそれに座って練習した楽器を奏でる。楽隊もいるようだが、澄んだ涼やかな音色は、複数の音を合わせても出てこない。
 音を聞き、少しずつ人々がこちらに意識を向ける。
「ノイリ、歌ってくれ」
 ラクサの言葉で、ノイリは短い一曲を歌う。ハープの音に似合う綺麗な歌。売られるときと違って緊張もせずに歌えて、気持ちがよい。
 歌い終わると近くに置いていた水を飲み、魔力を補給する。
 翼を広げて少しでも多く魔力を作ろうとしていると、エンダーが寄ってきたので中断して駆け寄った。
「今日はひとしお可憐だったぞ」
 抱き上げられて、嬉しくて胸が高鳴る。エンダーに褒められるのが一番嬉しい。
 エンダーはノイリを小さな子供を抱くように、あやしながら移動する。再びフィナンの前に行くと、地面に下ろされて目の前の女主を見上げた。
「どうでしたか、私からの贈り物は」
「その子をくれるのかい」
 ノイリは愕然とした。
 女性の主の方がいいと思っていた。
 でも、エンダーなら別だ。
 エンダーとニアスは大好きで、マルタとヘイカーも大好きだ。離れたくない。
「泣くほどいやなのかい」
 フィナンに睨まれて、頑張って涙を止める。
 人前で泣くのははしたない。
「お祖母様にでも、この子はやれませんよ。ノイリもわしと離れるのがそんなに悲しかったのか。不安にさせてすまなかったなぁ。しかしこのわしがお前を手放すはずがないだろう。そんなことをしたら、城下の者に恨まれてしまうしなぁ」
 ノイリはエンダーにしがみついた。ぎゅっとされると落ち着く。
「ご主人様大好き」
「よしよし。いい子だな」
 人の目が少し気になったが、嬉しくてそんなことはあまり気にならなかった。
 エンダーの次はニアスにもだっこしてもらい、とても嬉しかった。



 少し緊張したので化粧室に来た。
 用を済ませてから鏡で顔や髪が汚くなっていないか確かめ、少し乱れた髪を直してから戻ろうと出口に向かうが、知らない竜族の女の人と、あの似合わない可愛い服の女の人が入ってきた。
 さっと道を譲ったのだが、気にくわなかったのかノイリを睨んでくる。
 やっぱり怖い。フィナンの気品のある怖さなら大丈夫だが、彼女の怖さは別だ。
「なにかごようですか?」
 あまり関わりたくないのだが、黙っていても仕方がないので尋ねる。
 怖い人達はノイリを睨み、腕を組む。
 こんな気配を知っている。殴る者達と同じ気配だ。
 殴られてはならない。ノイリはエンダーの奴隷なのだ。殴って良いのはエンダーだけ。
「生意気な目」
 確かニアスにはルイゼと呼ばれていた女が、そう言って肩を押してくる。
「一つ言っておくわ。エンダー様だけならともかく、ニアス様にまで色目を使わないでくれる。優しい方だから拒否されないけど、魔族型の奴隷に触れるなんて、周りがどう思うか分かっているの?」
 そんなことは分かっている。
 しかしそれを分からないニアスではない。教えてくれたのは彼なのだ。
「それはニアス様に対する侮辱です。そんなこと、ニアス様はちゃんとわかってます。それでも可愛い小物とか送って下さるんです」
 エンダーは気にするなと言っている。好意は素直に受け取った方がいいと。
 言わせたい連中は言わせておけばいいのだ。下世話を好む連中は、何をしてもしなくても陰口を言う。
「ニアス様は、私を可愛がってても何をしても、綺麗な女の人の方から寄ってくるんですっ!」
 エンダーが言っていた。
 ノイリも可愛がれるような心の広い娘しか弟の嫁には認めないと。
 彼女たちは、ニアスのことが好きなのだろう。きっと。ノイリも最近小説を読んで覚えた。好きな人を取り合って、暗殺したりするのだ。飼い犬にまで嫉妬するなど信じられないと思っていたが、種族は違えど話が通じるノイリに嫉妬するのは仕方がないのかも知れない。こういう女の人はとっても怖い。ラクサのようなさっぱりした雰囲気の人の方が好き。なんというか、絡みつくようなねっとりとした気配を表に出すのが嫌い。
「なんて生意気なの。ペットのくせに口答えするなんてっ」
「私はエンダー様の奴隷です。エンダー様のお言葉に反することを言う方の言葉には従えません」
 主でもないのに、なんて事を言うんだろうか。ノイリの存在意義を否定するなんてひどい。
「それに、ニアス様には、ラクサ様みたいに格好良くて素敵な美人の方がお似合いなんですっ」
 ニアスがこんなけばけばしい上にセンスの悪い女の人とはお付き合いなどして欲しくもない。会議の時に見たティリスのように胸の大きくて綺麗な人がきっとお似合いだ。
 エンダーはそんなタイプの人が好みなので、きっとニアスもそうなのだろう。
「ラクサ様は特別なのよ! 魔族型でちやほやされるからって、いい気になってるんじゃないわよっ」
 再び肩を押された。押された瞬間ものすごく腹が立ち、それをした名も知らない女性がばたりと倒れる。
「なっ……」
 ルイゼが一歩下がり、倒れた女を凝視する。
 彼女たちは魔物でも非戦闘員なのだろう。
「死んでませんよ。ただ感電しているだけです。
 でも、ニアス様やエンダー様なら、気づきもしないほどなのに」
 マルタなど、肩こりが治った気がするとまで言っている。
「魔力、低いんですか?」
 落ちこぼれであろうと、天族のノイリよりも魔力のある魔物など、滅多にいるものではないだろうが、無意識に発する分には人間でさえ防ぐ者もいるのだ。
 この程度でニアスを好きになって、強硬手段に出ようなど、本当にお嬢様考えである。やはりニアスには相応しくない。ニアスには強くて優しくて綺麗でセンスが良い女性が似合うのだ。
「一般人は、普通魔力を巡らせていることなんてないからね」
 いつの間にかラクサがトイレの入り口に腕を組んで立っていた。立っているだけで華がある。
 やっぱりラクサはすてきな竜族だと、改めて思った。



 可愛らしい天族が、可愛らしい顔を不機嫌に歪めて倒れた女を見下ろしていた。
 感情が高ぶると──とくに驚いたりした場合、本人は無意識のうちに放電するとニアスが言っていたが、こういう意味かと納得する。本人の意志では難しいらしい。つまり、意図的にこれをするほどの制御力がないのだ。
 それをしたどこまでも愛らしいノイリは、はラクサを見た瞬間笑みをこぼすといういじらしい反応。
 彼女的には、苛められているつもりだったのだろうか。
「ルイゼ、いくら見た目が小さくて弱々しいからって、まったく無力で危険がないわけではない。天族ならなおさらだ。お前達には見えないだろうが、その子の魔力はすごいぞ。歌っているときとは比べものにならないが、さっきも魔力がほとばしっていた。その魔力を私が操ろうと思えば、全力を出さなければならないほどだ。
 竜族のくせに戦闘訓練の経験もないお前が、無闇に潜在能力のある相手を怒らせるのはすすめられないな」
 ノイリは無力な小鳥の自覚しかないようだが、教育すればいい魔術師になるだろう。もちろんそんな不用意なことは出来ない。それがとても惜しい。
「ノイリ、エンダー兄さんがお前が迷わないかと心配している」
「迷いません」
 と言いながらも、なぜか嬉しそうだ。本当にエンダーに懐いているらしい。これほど可愛らしいくせに、あれに懐くとは変わった子だ。
「おいで」
 手を差し出すと、彼女は壁に手をついて放電してからしがみつくように手を握ってくる。いかにもニアスが好みそうな、お人形のような子である。あの男は竜族の軍人にもかかわらず、意外と人形やら小動物が好きだ。ラクサが投げ捨てた人形は、可哀相だと言ってニアスが綺麗に並べて飾っていた。可愛らしい獣族に懐かれると、どこまでも世話を焼いてやる、竜族の王族とは思えない甲斐甲斐しさ。
 そして今は、この可愛い可愛い、呆れるほど可愛い天族に夢中で、可愛いものを見つけては、プレゼントとして送り付けているらしい。この目で見たわけではないが、女子供に流行の雑貨屋に通う兄の姿を目撃した者は数え切れないほどである。ノイリは可愛いし可愛がるのは構わないが、噂になるほど夢中になるのは情けないことこの上ない。
「ルイゼ、ニアスが可愛らしいタイプが好きだからと、そんな格好をしても無駄だ。やり過ぎはかえって興醒めになる」
 可愛らしいタイプというのは、ルイゼのように格好だけ可愛い女性ではない。ノイリだけではなく、過去にマルタやその息子を可愛がっていたことから分かるように、姿も仕草も中身も可愛いモノのことだ。竜族でも、実家の城にいるティラの方が彼女よりも可愛い。竜族の可愛いとは、きっと彼女のようなことを言うのだろう。ノイリの過剰に可愛いドレスはさすがに似合わないが、もう少し控えめな可愛い服や人形ぐらいなら似合いそうだ。現に、ニアスはティラのことを可愛がっている。そう、ルイゼが目指すべきはティラなのだ。しかし使用人の名前を口にすれば、きっと嫉妬するだろう。それではティラが可哀相だ。
 つまり、彼女は自分で気付かなければならないのだが──当分無理だろう。
「ノイリ、怪我はないか?」
「はい。肩を押されただけです」
「そうか。だったら許してやってくれ。あいつは昔から兄貴が好きなんだ。兄貴は苦手みたいだけど」
「もういじめられないでしょうか?」
「まあ、鍛えもせずにあれを見て苛めようって思う馬鹿もいないだろう。あいつ、魔力はそれほど低くないし、竜族だから鍛えれば動けるはずなんだが、バッグより重い物は持たないぐらいだからな」
 ノイリはそれを聞いて、ぽかんと口を開いてラクサを見つめてくる。
「どうした」
「いえ……上にいたときは、地下の魔物はみんな上に出てきている人達みたいに強いんだって思ってました」
「地位のあるお嬢様ってのは、鍛える必要がないからな。私のような王族は護身術ぐらい習うが、軍人にまでなるのは珍しいだろう。魔力防壁すら身にまとえないのも逆に珍しいほどだが……」
「ラクサ様はとっても格好いいですね。私も大きくなったら、ラクサ様みたいに格好いい女になりたいです」
「いや、それは兄貴達が泣くからやめてくれ」
 せっかく手に入った女の子らしい女の子だ。娘だか妹だか知らないが、大切に大切に可愛がっている子までもがこうなったら、兄二人は泣くだろう。
「ノイリはただ可愛らしくしていればいいんだ。そうしていれば兄貴達が喜ぶ」
「ご主人様は、私が何も出来ないまま大きくなっても、可愛くしていれば喜びますか?」
「男なんてそんなものだ」
 ノイリは不思議そうに首をかしげる。
 この子にはこの子なりの悩みがあるのだろう。買われてきた身だ。己の先を心配するのは当然のこと。
「その歌さえあれば、たとえ可愛くしていなくとも兄貴は喜ぶ」
「じゃあ、これからも頑張ってお歌の練習します」
 素直なもので、たったそれだけでいい顔で笑う。
 本当に、兄が悪趣味だなどと言えなくなるほど、可愛らしく笑う。動かぬ人形を可愛いなどと思ったことはなかったが、動いてこのように懐いて微笑んでくれると──意外に心が動く。
 このまま手をつないでいると、ラクサまでまいってしまいそうだ。
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2007/08/10   窖のお城   86コメント 0     [編集]

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