白夜城ブログ

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 橘川遥佳という女は、恐ろしいほどバッサリとした女だ。胡座をかいて受話器に向かって胆の冷えることをわめいている。
「はぁ? 意味わかんない。蚊に刺されたようなモンだよ。そこまで言うならうちも縁切れば? じゃあねクソジジイ。死んでも線香あげてやんねぇからな!」
 と言って電話を切った。バッサリと縁も切った。
 これは彼女にとって母親の実家、俺の母を勘当した頑固ジジイとの会話だ。口が悪すぎてちょっとショックかもしれない。
「あの……ハルカさん。今のって、こないだの事で俺の事をよそにやれっていうような話じゃないの?」
「うん。縁を切れって。だからこっちから縁切りしてやったから安心していいよ」
 実の祖父と簡単に縁切りしてしまった。彼女のことだ。本気である。本気なのだ。向こうから謝ってこない限りはもう思い出すこともないだろう。もう既にクラスメイトの顔も名前も忘れていそうなこの人だからこそ、確信できる。
「何もそこまでしなくても」
「昔からウザイんだよね、あのジジイ。婿いびりするわ、嫁いびりするわ、男女差別するわ、もう身内から見ても金持ってるだけの嫌なジジイだから。
 あんた引き取るときも子供相手にさんざん文句言ってさ、大人げなんてありゃしない。本来ならジジイの所で引き取るべきなのに、縁を切ったから無関係だってさ。ああいうの我慢なんないんだよね。我慢するならこっちが無関係になった方が穏やかな生活を送れるよ」
 相当祖父に腹を立てているらしい。気持ちは理解できるが、自分が原因では申し訳がなさすぎる。
「事ある毎に対立してたから、じいちゃん以外の親戚に縋られそうだけど」
 ハルカさん、向こうでどんなことしたんだろう。トキさんから聞くだけでも、けっこう陰湿な復讐に燃えて、他人に頼られると断らない人だ。今まで何をしていたのか、怖くて聞けない。
「父さんの実家の方はこれに関しては理解してくれてるから問題ないしね」
「理解してくれたの?」
「母親がいなくておばあちゃんっ子だから、年上の女の人を求めてるんだって説明したら、辛かっただろうにって。外面いい人達だから、こういう美談みたいなのには反対しないの。父さん長男じゃないし」
 たぶんその通りなので否定は出来ないが、そう言われるとなんか複雑な気持ちだ。
「まあ、さすがにお盆には顔出さなきゃいけないけどね。あんた可愛いからおばさん連中に愛想振りまいてなさい。薄幸の美少年路線で」
「わ、わかった」
 とりあえず燃えているハルカさんには落ち着いてもらおうと、お茶を入れるために立ち上がる。すると電話が鳴って、ハルカさんがまた出る。
「え? 謝れって? 謝ってくれたらいいけど。折れろ? それって天涯孤独の身の高校生を追い出せってこと? ばあちゃんも鬼だねぇ。さすがは嫁いびりしてただけはあるよ。
 私は自分の信条曲げてまで親戚づきあいするつもりないから。じいちゃんの暴走ぐらい自分で止めてよ。毎回頼られても困るんだよねぇ。
 弟も私らが引きずってかないと絶対にそっち行かないから。じゃあ」
 再び切る。
 ハルカさんは清々と晴れ晴れとしたすごくいい笑顔だ。言いたいことを言ってすっきりしたのだろう。
 テンションを下げてもらうためにお茶を入れる。学校で習った、正しいお茶の入れ方。今時は男でもお茶ぐらい出せて当然である。昨日はハルカさんの指導の元、料理だってした。ハルカさん、まだ手が使えないから。
 俺だって家庭科で肉じゃがやカレーぐらい作ったことあるから、まあなんとか食べられる物が出来た。カレーなら食べやすいし。今日はサラダとシチューとパン。箸を使わなくていい、俺にも出来る料理。
 ハルカさんに米もとげない馬鹿女って本当にいるのかって聞かれたけど、俺の通った事のある学校では家庭科が普通にあったし、そういう馬鹿はさすがに見たことがない。いたとしても、調理実習はグループ授業だから、料理の出来ない子は参加しておらず、俺がそんな場面を見る機会がないだけかも知れない。
「はい、ハルカさんお茶」
「あ、悪いね。菓子入れに羊羹あるよ」
 お茶を持ってくると、ハルカさんの機嫌がさらによくなる。
 また電話が鳴ってるけど、表示された番号を見て無視。携帯が鳴り、母さんだと言って一分ほど話すと、満足げに羊羹を食べる。
「おばさん、何だって?」
「実家のことはほっときなさいって。私は絶対にハルト君の味方よぉって。
 私を育てた人だし、だいたい同じような行動取るから安心してね。春休み中に一回帰ってくるってさ」
 善悪が同じ方向性なのか、実家が嫌いなのか。顔はあまり似ていないけど、やっぱり似ているってことかな。
「あんたのお母さんのことでも、うちの母さんまだ怒ってるから、ぜんぜん気にしなくてもいいよ。あ、約束通り働いてもらうけどね」
 働くとは、料理以外の家事のことだろう。洗濯物がたまっているから、明日頑張ろう。俺だって洗濯物を干すぐらいもう出来る。
「洗濯と買い物以外は何をすればいい?」
「明日本棚買う予定なの。運んで組み立てて」
「本棚って、まだ空いてるのに?」
「安いし、ちょうどデッドスペースに入る理想のサイズだったんだぁ。一人じゃ重そうだったから、とりあえず取り置きしてもらってるんの。さすがに今の状態で大物の買い物はねぇ」
 それはそうだろう。一人で行くなどと言ったら全力で止める。言われずとも取りに行ってやる。
 そんなことを考えていると、また電話が鳴る。
「電話……出なくていいの?」
「そだね。電話線抜いて」
 ハルカさんは本当にバッサリとしている。
 俺はただハルカさんに言われるがまま行動した。長いものには巻かれるべし。

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2007/10/06   推定家族   46コメント 0     [編集]

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