白夜城ブログ

3

 化粧の力とはすごいと、改めて思った。
 私が日の暮れた街角でそれっぽく立っていると、普通に声をかけられた。
「いくらだ?」
「いくら出せますか? いやだ、ご冗談を。その倍ですわ」
 という具合に片っ端から袖にしていた。ナンパすらされたことがなかったし、《女性》扱いされるというのも生まれて初めてである。だいたい子供扱いだった。髪が伸びていてもたまに小僧とか言われたぐらいだ。
 もっとも、今は街に立つ女が少ないため、私にも声がかかるだけで、平時なら売れ残り一直線だったのだろう。
 改めて売り物になっているのだと再認識する。売れれば金と引き替えに、売れなければ金がない。ここにこうして立つということは、そういう事なのだと理解していても、なんだか嫌な感じだ。
 親無くして育った以上、そういう覚悟も必要な立場だ。たまたまいいところに住ませてもらい、いい才能に恵まれただけで、本当にこういう場所に立つ可能性もあった。それに比べて、今のなんとお気楽な事か。
「もっとうつむいて怨念を発するといい」
 耳元で王子の声が響く。かつらの垂らした髪で隠れるように、通信具を身につけている。だから向こうにはこちらの音声が届き、向こうの声もこちらに届く。そして各所から見張られている。
「だいたい、片っ端からこんな突っぱね方したら、出てくる者も出てきませんよ」
「仕方がないだろう。頃合いになってから立つでは警戒されるし」
「もしも私に目をつけていても、もう警戒してますよ」
「もっとこう、グラのような陰鬱な雰囲気を出せないお前の演技力が悪い」
「何を馬鹿な事言ってるんですか。十分暗くしてますよ。
 だいたい私の演技力は、操った人間に違和感を持たれないように普通にさせるような手のものです。役者じゃあるまいし、そこまで特殊な演技力はありません」
 王子様は傀儡師を何だと思っているのだ。
 確かに初めての経験なので緊張してにこやかに笑ってしまっていたが、今は周りも暗くて遠目では分からないだろう。言われたとおりに頑張ってそれっぽい空気を放っていると、それでもまた声がかけられる。
「君、下を見ていたらだめだよ。もう少し光の届くところでニコニコしてないと」
 聞き覚えのある事に顔を上げたら、その人の手に持つ明かりに照らされるその顔は、知っているものだった。
「アスラル様っ」
 さすがにびっくりした。そして軽蔑した。別に彼がどんなことをしようと、合法であれば別にいいさ。ただ、私が勝手に軽蔑しただけだ。
「え、俺の事知ってるの?」
「え、……は、はあ」
 気付けよこの馬鹿。声質は一緒なんだから。
「なんか緊張してるね。慣れてないのかな。そうだ。近くに美味しい店があるんだけど、どう」
 誰かこの馬鹿を何とかしてくれ。吹っかけるにしても、こいつ金持ちだからあんまり意味ないような気もするし。今こそ助けて王子様っ!
「ああ、もう、回収しろ。撤収だ」
 祈りが通じたのか、王子様も私と同じように考えたらしく、すぐさま撤収命令が出た。
「イエッサー」
 私はアスラル様の腕に腕を絡め、満面の笑みを浮かべて王子達が待つ宿の一室へと戻る。
 そこで王子様は目を爛々とさせて、慣れた手つきで鞭を構えていた。
 捕まえたら拷問する気満々だったのですね王子様。
 私は恐ろしくなりアスラル様を突き出した。
「はぁ? なんで殿下がっ!? って、お前、本物のルーかっ!?」
「なぜ選りに選ってお前が、そんなルーフェスに似た安っぽい娼婦を熱心に口説くのか、納得のいくように説明してもらえないかなあ」
 怒っている。私はささっとニース様の斜め後ろに逃げた。私は悪くない。だって王子様は、こんなのが街に立っていても誰も声をかけないと判断したから作戦を実行したのだ。
「いや、だって、慣れてないみたいで変なのにひっかかったら可哀相だしっ、よく見たらルーに似てて、最近物騒だからほっとけなかったっていうかっ」
「ほう、同情か。しかしそれではこれがもし本物の女であれば失礼だろう。いくら売れ残りそうな不細工とはいえ」
「へ? 不細工を装ってたんですか? ルーは笑うとけっこう可愛い顔してますよ。あ、さてはあれでしょう、娼婦殺しの。やるんならもっとみすぼらしくしないとっ」
 確かに、ドレスは質素だが私の目から見れば十分上等だ。孤児院に寄付される服なんて、もっと悲惨な状態である。
「殿下が知っているレベルは、下の方でも高すぎるんですよ。どうせやるなら髪も汚してほつれさせて、肌も荒れさせて、服も薄汚れたのを仕入れてこないといけませんよ。ルーは若いから肌ぴちぴちですよ。この肌だけで魅力的ですよ」
 自分の肌に触れてみる。確かに最近は昔よりは食べるから肌も綺麗になってきた。姫様の実験とやらを手伝って、いろいろ塗られているし、実際にまだ十二歳の乙女だし、肌はそりゃあいいだろう。
「それに無理してるのが分かるから、なんか構いたくなるんですよね」
「つまり、これは若いし慣れてない感じが初々しく見えると、そう言いたいんだな?」
「そう、そうです」
「老けさせればいいと」
「そうです」
 王子様は私を睨み付け、上から下まで見回し、
「腰に補整下着をつけているな。コルセット以外はとれ。無駄に詰めたパットも入れなくていい。明日は化粧の専門家を呼ぶから仕切り直しだ」
 コルセットなんてしてませんって。
「でも、パット……一つぐらいは入れておかないと」
「仕方がない。一つだけだぞ」
 せっかく気に入っていたのに、外すなんて残念だ。

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2008/01/30   詐騎士   35コメント 0     [編集]

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