白夜城ブログ

5 ガートルードが拾われて間もない頃
 マディアスが女の子を拾ってきた。
 無口で、ボロボロの手で綺麗な綺麗な絵を書く、薄汚いけど綺麗な綺麗な女の子。
 肌を磨いて、髪に油を塗り、身なりを整えればその瞬間にイレーネよりもよほど気品のある浮世離れした美しい少女に化けた。
 マディアスがイレーネの婿養子にと狙っているリーンハルトは、助けた時に一緒にいた縁だと口喧しく彼女に絡んでいる。
 彼も人並みに男だったということだ。
 出世よりも、美しい娘を選んだ。元々、地位に固執するタイプでもなかったから当然だ。だからこそ、マディアスに気に入られていたのだから当然なのだ。
「……変わった子ね」
 イレーネは毛布を頭からかぶって平伏する少女を見て呟く。
 今まで平伏する者は数え切れないほどいたが、わざわざ毛布をかぶる者はいなかった。
「ガートルード、面を上げろ」
 リーンハルトの言葉にも彼女は首を横に振る。
「嫌われてしまったのかしら?」
 彼女は優れた画家だ。
 とくに彼女が描く植物の絵は素晴らしい。彼女がここに来て真っ先に描いたのがバラの絵で、イレーネはとても気に入った。父の絵が子供のお遊びに見えるほど優れていたので、肖像画でも描いてもらおうと思っていたのだが、これでは無理そうだ。
「イレーネ様の何が気にくわない」
「いいえ。そんなことはありません」
 毛布のうねりから、彼女が首を横に振っているのが分かった。
「私にはイレーネ様は眩しすぎて」
「だから、イレーネ様が顔を上げる事を許可している。そうしている方が失礼だ」
「で、でも、眩しいんです。マディアス様よりも眩しいです」
「まったく意味が分からん。大臣に禿げの人と言う女の言葉とは思えん」
 まったくもってそうだ。禿の人呼ばわりは今では宮殿中に知れ渡っている。しかもそれを反省していない。つまり、権威とかそういうものには疎いのだ。
 そんな彼女が眩しいなど、意味が分からない。
 マディアスが眩しいのは、雪原に目が眩むようなものだが、イレーネは地味なものである。女王という肩書きがなければ、ただの町娘で通る容貌だ。最近は肉付きがよくなり、順調に身体だけは男受けのいい具合に育っているが、威厳を放つほどではない。
「イレーネ様は魔石のようにキラキラしています」
 ガートルードの言葉で、イレーネは自分の手を見た。
「イレーネ様はそんな輝きが見えますか?」
「まったく見えません」
 特別なのは魔石を作る事ぐらいだ。霊感とかそういうのは一切無い。
「い、イレーネ様は輝いています。
 私のような者が見ては、目が潰れます」
「私はどこの祟り神ですか」
 今まで散々と褒め称えられてきたが、目が潰れるほど輝いていると言われたのは初めてである。しかも堅物が惚れるほどの超絶美少女に。
「イレーネ様だけでなくマディアス様までというのが理解できない。天然にしか見えない特殊なオーラでもあるのでしょうか」
 リーンハルトのガートルードに対する評価はその一言に集約されていた。あと、マディアスに対する評価も。
「わたくし、あなたに肖像画を描いていただきたかったのだけど……」
 これでは画家虐待になってしまいそうだ。
 そう思った瞬間、ガートルードが顔を上げた。目が合った瞬間再び毛布をかぶったが、顔の角度は変わらない。
 ふるふると震えている。
 本当に可哀相になってきた。
 人には合う合わないがある。
「ごめんなさい。嫌な事はさせられないわね。諦めます」
「いやじゃないれすぅっ」
 イレーネが首を横にぶんぶん振る。慌てて言ったのか、ろれつが回っていない。
「ガートルード。やりたくないのにやるというのは、イレーネ様に対する侮辱だぞ」
「ち、違います」
 本当に不思議な子だ。とても綺麗でとても不思議な子。毛布にくるまって震えて、頑なに見ないくせに、嫌いではないと首を横に振る。
「イレーネ、何をしている?」
 マディアスが開けっ放しにしていた部屋のドアの前にいた。。
 ガートルードは彼好みの美しい乙女である。どうせ血でも吸いに来たのだ。どうせなら綺麗な女の子に噛みつきたいと、男なら誰でも思うだろう。女でもガートルードの方が良いに違いない。
「ガーティに肖像画でも描いていただこうかと思ったのだけれど、顔を上げてくれなくて」
「無理だろう。ガーティには刺激が強すぎる」
「どういう意味ですか」
「彼女は昔から人を書く時は隠れ見て描いていた。ガーティは本能的にお前のような聖女を直視するのを恐れ多いと感じているようだから、顔を上げられるはずがない」
 何かと腑に落ちない事はあるが、彼女が人と目を合わせて絵を書かないのは理解できた。
「いい材料と許しがあれば、こいつは勝手に描く。ほっておけ。一番のネックは材料だからな」
 彼女は魔石を潰して顔料にしている。魔石は本来、潰してしまうと変色してあまり綺麗ではなくなる。それはそれで味わいがあるが、魔石本来持っていた美しさを引き出せるのは彼女だけ。
 彼女はそれを用いて絵を描く、奇蹟の天才だ。
 だからこそ、幼くして絵を評価されている。もちろん類い希な画力を兼ね備えているからこそ。
「ガーティ、気が向いたら僕の部屋に来るといい。気に入った魔石があれば分けよう」
「はい、マディアス様」
 彼女は結局、顔をさらさぬままだった。

 それから、彼女がほんの少しだけでも顔を見せてくれるようになったのは一年後のことだった。

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2008/10/21   おまけ   291コメント 6     [編集]

Comment

 

-1148     2008/10/22   [編集]     _

ガーティが妙に可愛いっ。

うなぎ1149     2008/10/22   [編集]     _

一年て・・・
野良猫でも一ヶ月餌やればよってくるのに・・・

とくめー1150     2008/10/22   [編集]     _

イレーネが段々こなれてきたというか毒されてきたというか、初々しさがぬけてきた感じです。
あとガートルードが妙に可愛い。

-1151     2008/10/22   [編集]     _

生活環境ってとっても大切なんだなぁと思いました。
4と5のこの落差はなんだろう…だけどやっぱり好き(笑)
毛布お化けなガーティもかわいい。

     1152     2008/10/22   [編集]     _

ガートルード
FF11をやってて同じ名前を
一日に二度見てびっくり

とーこ1153     2008/10/22   [編集]     _

ガートルードはけっこう使われて名前ですからね
バラの名前にもなってます
ドイツ語圏の名前っぽい感じの中に、一人だけ英語圏の名前です
他所の国生まれを意識して付けました
同じ世界観なのに、他の国は何も考えないで付けてますけど。


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