白夜城ブログ

再録ラスト

4
 作法の勉強が終わり、イレーネはとぼとぼと渡り廊下を歩いていた。本当なら護衛がついて回るのだが、イレーネはこっそりと帰ってきたので一人だ。
 ここはどこを見ても美しい城で、不思議と花が咲き乱れている。とくに赤い薔薇は、温室でもないのに年中どこかに咲いているらしい。王宮の敷地内は、常に春のような気候である。それもこれも、優れた魔石を扱う技術のおかげらしい。そしてそれは女王のおかげらしい。
「これが……私ねぇ」
 イレーネは庭に咲く薔薇へと歩み寄り、自分自身が例えられた花を眺めた。
 美しく艶やかな花。貧相で田舎臭いイレーネに相応しいのは、野に生息する名も知られぬ花がせいぜいである。
 何の取り柄もない彼女が、棘のある美しい花になるなど、生まれ変わってやり直すしか道はないだろう。
「お嬢さん、そこで何をなさっているんですか?」
 声をかけられ、イレーネはびくりとして振り返る。
 知らぬ初老の男が立っていた。手にしている道具から、彼が庭師のようだ。さすがは宮仕えの庭師なだけあり、とても品がある。渋くて素敵な男性だった。
「綺麗だったので、見ていました」
「それは女王陛下のための薔薇。まあ、見るだけならかまわないがね」
「ありがとうございます」
 私が女王です、とは言えなかった。名ばかりで、勉強中で、どうしようもない女王なのだ。最悪の場合、この国の財を絶つかもしれない女王である。
 イレーネが本当に魔石を生み出せるのかは、まだ証明されていないのだから。
「お嬢さんは薔薇が好きかい?」
「嫌いではありません。父が好きな花でした」
 もちろん、田舎の貧しい暮らしでは、薔薇のような高価な花を手にする機会などなかったが、絵はよく見た。
 この薔薇は、父が描いた絵に似ている。駆け落ちする前は庭師であった父は、本当は画家になりたかったと、農作業の合間に書いてそれを売って生活の足しにしていた。
 大好きだった父の絵は、今はもうない。
「このあたりの薔薇は、死んだ息子が品種改良して作った薔薇なんだよ。この薔薇はこの庭だけに咲いている」
 イレーネは、驚いて庭師を見た。
 父は凡庸な男だったが、田舎者達の中では浮いてしまう品の良さがあった。母よりもずっといい育ちをしているような印象を持っていた。今思えば、それは母の行動力と順応性の高さが原因だったのだろう。彼女は田舎にとけ込んでいた。
 そんな性格だから、駆け落ちを段取りしたのは、母の方であったらしい。
「……それはすごいですね」
 イレーネは男をじっと見つめた。名は知らない。誰も認めることはない。
 それでも、彼は彼女にとって、血を分けてくれた人だ。
 言ってしまえば、彼は平伏するだろう。
 イレーネの父親の話題はタブーとされているらしい。もしも騒げば、迷惑をかけてしまう。
「また見に来てもよろしいですか?」
「ああ、好きになさい」
「嬉しいわ」
 いつか彼に知れる日も来るだろう。それまでは、マディアスに内緒でこっそりと通ってみよう。エヴァリーンに相談すれば、きっと内緒にしていてくれる。
 知られてしまうその日までは。


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2008/10/19   おまけ   289コメント 6     [編集]

Comment

 

-1142     2008/10/20   [編集]     _

い、イレーネ…!!!(ほろり)

璃朱1143   お初です   2008/10/20   [編集]     _

そしてイレーネ様は...

-1144     2008/10/20   [編集]     _

...スニーキング技術を磨いたのでしt(ry

…ゴメンナサイ、出来心だったんです;。。 (がくぶる

とーこ1145     2008/10/20   [編集]     _

スニーキングって何ですか?
ググってもいまいち意味が分かりませんでした_| ̄|○

-1146     2008/10/21   [編集]     _

ソリッド・スネーク

とーこさん好みの渋いオジサマです(最近爺様になって来たようですが

メタルギアシリーズで検索あれ

他のHIDEO監督のシリーズもオヌヌメ

-1147   管理人のみ閲覧できます   2008/10/21   [編集]     _

このコメントは管理人のみ閲覧できます


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