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ノイリはヘルドの前に座って歌う。
その周りには、会議のために集まった区王やその代理がくつろいでいる。
ヘルドの治療と、娯楽の提供を兼ねてのことだ。
終わるとヘルドが翼を広げた。
「動く。もう飛んで歌えるか?」
「飛んだり歌ったりしないでね」
ヘルドは頷く。
自分が歌ったらどうなるかぐらいは彼も知っている。
だからノイリが代わりに歌った。
それだけのことだ。
「しかし、お前さんの親はどうしてるんだろうなぁ。翼を折った息子を助けようとはしなかったんだろうか」
ヘルドはうつむいたので、ノイリが分かる範囲で想像を交えながら答えた。
「地面に落ちたからです」
「落ちたらいかんのか」
「地面に落ちるということは、天族にとって死を意味するみたいです。
その上、翼も折れていたから見捨てたんです。普通の天族は歌わなくても地面に落ちる前に回復しますけど、彼はたぶんそのために必要な所を怪我したんです。待っても回復しないから、死んだと思われたのかも知れません。
天族に手当とかいう概念があるとは思えません」
地上に落ちただけで見捨てた、ということはないと、ノイリも信じたい。
「ヘルドも、自分が人間に何をされているか分からなかったと思います」
ヘルドは頷いた。
彼は人間に捕まり、テルゼに助けられ、少しだけ天族以外を理解した。
「それで捕まえられようとしても、普通なら自爆するまで暴れるんですけど、たぶん気を失ったんだと思います。気を失っていたら、人間でも捕まえられます。それで力を封じてもらったから、生きてられたんです。偶然でなければ、五体満足の天族は人間に捕まりっこありませんから」
ノイリでも人間ぐらいなら感電させられる。しかし気を失って反撃は出来ない。
それが不幸であり幸運であった。
「かわいそうに」
ティリスがヘルドを抱きしめる。
弟の物は姉の物! と、好きにする権利がある! と、ああやってかまっているのだ。
ヘルドも女の人だからか、触れられてもそれほど抵抗しなかった。
男の人よりも、女の人、とくに魔族の女性は柔らかくて温かいから、抱かれて安心する。
「ティリスよ、第二のエンダーになる気か」
ヨルヘイルが呆れ半分に言う。
「いやぁね。男が女の子をかわいがるのと、女が男の子をかわいがるのでは、世間の目は違ってくるわ。それに、私もノイリみたいなのが欲しかったの。珍しくいい仕事よ、テルゼ。いいえ、初めてのいい仕事、ね」
「俺んだぞ」
「お黙りなさい。お前に任せたら、下品な女好きに育ってしまうわ。私がノイリみたいに育てるのよ」
「無理だって。今の時点で意地汚いのに」
「初めて美味しい物を食べたのよ。たくさん食べたがって当然だわ。
これからゆっくりと、我慢を教えていけばいいの」
テルゼはため息をついて、ティリスが自分の椅子にヘルドを連れて行くのを眺めた。
「くっ……ニアスのところはいいな、上が横暴じゃなくて」
「あれはあれで苦労するぞ。嫁が来ない限り安心できない。太りすぎて、いつぽっくりいくか」
ノイリはびくりとふるえた。
太りすぎるとぽっくり行ってしまうのだ。
「え、エンダー様、食べ過ぎはダメです」
「こら、ニアス、毎度毎度ノイリをおびえさせるようなことを。
ノイリや、安心おし。いつも言っているが、太っただけでは死なんよ」
「でも、でも……転んで頭を打つとか、脂肪で動けなくなっちゃうとか。
エンダー様が死んだら、私、私……」
「泣くな泣くな。わしまだ若いから大丈夫だ。もう少し年を取ってから摂生に努めるよ」
頭をなでられ、抱きかかえて膝の上にのせてもらった。
「どうやって摂生するんですか?」
「う…………運動とか?」
「じゃあ、いっしょにお散歩してくださいますか?」
「ああ、散歩をしよう」
「毎日?」
「あ……ああ、そうだな」
「本当に?」
「ああ」
ノイリは笑って控えていたヘイカーを見た。襞襟が少し広がっている。彼も喜んでいるのだ。ヘイカーは感情の高ぶりで襟が広がるのだとマルタが言っていた。
「ヘイカーさん、毎日散歩してくださるって!」
「ようございましたな。では、わたくしめがエンダー様のために靴を新調させましょう」
たまにではなく、毎日一緒にお散歩。
ノイリは嬉しくて笑みをこぼした。
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魔道書店の稀書目録 ペンの天使に悪魔の誘惑
7/18発売
盗まれた〈天使の書〉の噂を聞きつけてメイザス魔道書店にやってきたジールは、奴隷にのようにこき使われている天使達と出会い、〈天使の書〉を買い戻すために書写師として働くことになる。ジールにだけは優しい悪魔の如き美貌と性格と能力を持つ店主と、天使のような(見た目の)少女の魔道ファンタジー。
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2008/10/13
窖のお城
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