白夜城ブログ

白と黒のマニアックコンビ再録3。

 目が覚めるとそこにエヴァリーンの姿はなく、遮光カーテンを持ち上げると日が昇っていた。時計は六時をさしている。
 村にいたときなら立派な寝坊だが、女王になってからは八時までは寝ていろと言われるようになった。
 一度だけの対面後、祖母は腐りかけた身体を捨てて、死神の導きにより死の国へと旅立った。とても孫がいるようには見えない二十代としか思えない美女で、自分と同じ血が流れているなどとは信じられなかった。マディアスのような、血の専門家が言わなければ、笑って何の冗談だと言っていたところだ。綺麗すぎて、話した時が短すぎて、祖母を祖母と実感することなく一人になった。
 それからすぐに行われた戴冠式の記憶はない。あまりにもめまぐるしく、そして緊張のあまり何も覚えていなかった。言われるがままに動き、言われるがままの言葉を発した。途中、マディアスに身体を操られたので、よけいに何も記憶に残らなかった。ただ人々の声だけは覚えている。
 イレーネ女王陛下万歳、という声だけ覚えている。
 身内はなく、暖かなものは何一つない。だが、国民こそが子供達だとこの国の偉い人はいう。
 まだ年若いイレーネに実感はなく、王が支えているという国の、女王になったことがいまだに信じられないでいる。
 マディアスの言う魔石など作れない。魔力があると言うが、それを感じたことは一度もない。精霊を見ることは出来るが、せいぜいそれだけだ。特別な奇跡を起こしたことはない。
 聖人とは奇跡を起こす者を言う。奇跡も起こせない聖女など聖女ではない。聖人でないモルヴァルの王は、王ではない。
 この国は、魔石を生む王族が支える国だ。王が聖人でなければ、魔石が発掘されなくなる。
 もしもそうなってしまったら、人々は生活に困るだろう。国の収益の大半が、魔石によるものなのだから。
 そのぐらいなら、国民であったイレーネにも理解できる。
 女王というのがどんな存在であるか、どれほど国民の支えになっているか。
 魔石の量が減り人々は貧しくなった。健康な女王が戻った今、国民達の胸の内は期待に溢れているだろう。
 そして、魔石が存在する場所を予言するのがマディアスの仕事だ。彼はこの国の財布を握る、影の支配者だった。
 国民と、吸血鬼達との間で、何も出来ぬ女王は無駄に足掻いている。
「……胃が痛い」
 きりきりと胃が痛む。胃痛という物があるのは知っていたが、自分がこれほど若くして体験するとは思わなかった。
 魔石を生み出せない自分は無能の王だ。しかしマディアスがさせるのは、一般教育である。楽しいには楽しいが、魔道などの方が魔石を生み出すきっかけになるかも知れないと思うと、時間を無駄に使っているようだ。
「部屋に戻ろう」
 城の中は迷路のようだが、マディアス達の部屋を行き来するぐらいは出来るようになった。
 八時になれば、メイドが来て水を張った桶と着替えを持ってきてくれる。朝食を食べたら、先生が来る。自分が予定にない行動をして、他人に迷惑をかけてはいけない。
 ようやく部屋にたどり着くと、イレーネはそっとドアを開いた。
「いや、それは違う。僕が思うに、卵の破壊は魔道資源の破壊だと思う」
「うーむ、一理あるのが痛いところだ。サギュ様はザイン様に任せるとおっしゃっているが、それが正しいのかは私にも分からない」
 二人はまだやっていた。しかも人のベッドで、ワイン片手に。
「それを言えば、この国のあり方も世界に大きな影響を与えているだろう」
「確かに、特定の血筋が土地を支配すれば魔石が出てくるというのは異常だな」
「ターゲットにされてはたまらない。僕はこの国が気に入っている。イレーネもまだ幼い」
「罪のない子供が殺されるのは、心が痛むな。ザイン様も子供は好きなはずだが……」
「僕にとってこの国は家だ。王族は家族だ。イレーネを殺そうというなら、僕は神とて容赦はしない。生まれたばかりで悪いが、早々に今生を絶たれることを覚悟しろと伝えろ。もちろん、計画するようなことがあればだが。藪をつつく必要はない」
 イレーネは廊下の壁にもたれかかり、小さく息を吐いた。
 彼らの会話の意味は分からないが、涙が出そうだ。こんなところで泣いていては、誰かに見つかったら不審がられる。ネグリジェの袖で拭こうと腕を上げ、それがシルクで出来た高価な物だと思い出し指で目をごしごしとこすった。
「分かった。もしもの時は伝えよう。あの可愛らしい乙女が花咲く前に散るなど、私も望むところではない」
「お前は話が通じて助か……あ、こぼれた」
 見ると、ワインがベッドの白いシーツを伝って、恐ろしく高価に見える絨毯を汚していた。
「きゃぁぁぁぁぁあっ!?」
 貧乏性なイレーネは、頭を抱えて叫んだ。酔っぱらっていた二人は、叫ぶイレーネを見て何事もないように言った。
「どうしたイレーネ。その顔は醜いぞ」
「何を言う。驚いた表情もかわいらしいではないか。
 しかし私たちの美しさは、叫び出すほど罪だっただろうか」
 金銭感覚のずれた吸血鬼と、ナルシストな吸血鬼。
「私の部屋を汚さないでくださいっ! っていうか、出てってください!」
「この程度でヒステリーにならなくても」
「はぁやぁくぅ!」
 頭がぐるぐるして、自分が何をしているか分からなかったが、叫んだことでなぜか気分がすっきりとした。
 これがイレーネにとって、マディアスに対する初めての反抗であった。

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2008/10/11   おまけ   278コメント 0     [編集]

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