白夜城ブログ

5 復讐者数日後
 夜、たまたまトイレに行きたくなり、蝋燭の明かりを頼りに慣れない屋敷をゆっくりと歩いていた。
 ただでさえ何がいるか分からない屋敷。そこを夜に一人で歩くのは恐いのだが、若い女性のメイドが三人も普通に生活しているのに、恐くてトイレに行けません、などと言えない。この屋敷は何がいるか分からなくて恐ろしいと言ったら、ウル様は笑った。人の腹を切り裂く度胸や、ヘバの口に入る度胸はあるのに、なぜ何もしない存在がいるだけで恐ろしいのかと。
 何もしないと分かっていても、何がいるというのは恐ろしいものだ。見える物は平気だが、見えない物は苦手で、怪談話を聞くといつも恐くてトイレに行くに行けずに半泣きになったものだ。
 怯えながらおっかなびっくり歩いていると、わずかに開いたドアから明かりの漏れる部屋をみつけた。
 一瞬、恐怖で身がすくんだが、明かりを付けると言う事は、人間がいるのだろうと安心した。それにあそこはキッチンのドアだから、人がいてもおかしくはない。
 しかしこんな夜中にだれだろうと覗き込めば、ロバスが銀食器を磨いているのが目に飛び込んできた。
 彼は悪魔だと聞いている。睡眠も必要ないから退屈なのかも知れない。
 それでも、こんなに夜遅くまで仕事をしているその熱心さに感心した。悪魔でも、ウル様のような主を持つとこれほどまで真面目に仕事をするのだ。ウル様はあれでも魔物達には好かれている。
 私は人間だから、このような忠誠心を実行に移す事は出来ないため、彼の集中を乱さぬように、静かに音を立てずにドアを閉め、目的地であるトイレに向かった。
 これが今、私に出来る精一杯の事だ。



 翌朝、早くに起きて厨房に向かうと、まだロバスはまだ食器を磨いていた。
「お、お早いですね、ロバスさん」
「おはようございます。というか、もう朝ですか」
 もうって……やはり彼は一晩中食器を磨いていたのだ。
 なんという集中力だろう。
「一晩それをずっと?」
「はい。どうもこの曇りが許せなくって」
 彼はぴかぴかの銀食器を磨き続ける。
 手伝おうにも、これ以上のことを私にはできない。どこが曇っているのかすらわからないのだ。目映い銀食器など、新米の医者である私が使用したことなどあるはずがない。メスとは用途が違うので、どれほど磨けばいいのかも、どうやって磨けばいいのかも分からない。
 私は一体どうすれば良いんだろうか。本当にここでやっていけるのだろうかと落ち込んだ。
「オニスさんどうしたんですか」
 背後からベルさんに声を掛けられた。
 清楚で、美人で、ウル様の扱いをよく心得ているメイドだ。彼女が街に買い物に来ると、それを見に行く学生もいるほどの美人だ。今日もいつものメイド服に、きっちりと結われた髪が魅力的だ。
 まさか彼女と同僚になるとは思ってもみなかった。
「ああ、ロバスさんおはようございます。今度は食器磨きですか」
「ええ。気になって気になって」
「本当に貴方は無駄なことが好きですね」
 彼女は無駄と言いきり、ため息をついて磨いた食器を素手で鷲づかみにした。
「ちょっ」
「これから使うから無駄です。ウル様は洗ってあれば磨かれていなくても文句を言われる方ではないのに、なぜここまでする必要があるんですか」
「気になるものは仕方がありません」
「悪魔のくせに銀のくもりが気になるって……悪魔は銀が苦手なのでは?」
「苦手ですが、ちょっと嫌だな程度のものです。手袋をしていればただの綺麗な食器です」
 ベルはロバスの持っていたスプーンを奪い取り、棚に並べる。
「まったく、靴磨きやら窓磨きやら、どうしてそんなに磨くのが好きなんです。一つの事に集中しなくていいんです。窓を磨くなら一枚だけではなく全部やってください。一枚だけ異様に綺麗だと浮くんです。靴を磨くなら、途中で投げ出して靴の角度にこだわって放り出さないで下さい。中途半端だと意味がないんです。
 どうでもいい事していないで、他の掃除を手伝ってきてください。そろそろシェフがみえるから邪魔です」
 ベルさんが仁王立ちして彼を見下ろしている。
 ベルさんは優しくて美人だが、たまにとても、とてもとてもキツイ女性になる。
 彼女は言い終えると私に笑みを向けた。
「オニスさんはもうすぐいらっしゃるシェフの手伝いをお願いします。朝食が終わったら、ごく普通程度の食器の手入れの仕方を教えますから」
 私はこくりこくりと頷いて、ロバスを連れて去っていくベルに手を振った。
 ここで働き始めて日は浅いとはいえ、理解に苦しむ事が多すぎる。
 一番理解できないのはウル様だが、その次は悪魔を恐れず屋敷を切り盛りするあの美人メイドである。
 ウル様が、国で一番箒と斧が似合うメイドだと紹介したほどだから、彼女もきっと事情があってここにいるのだろう。
 そんな事を彼女に憧れるみんなが知ったら、ショックで倒れるのだろうな。
 だから知らない皆は幸せだ。


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2008/09/29   おまけ   267コメント 7     [編集]

Comment

 

うなぎ1069     2008/09/29   [編集]     _

羞恥有力…
誤字なのに何故か納得してしまった。

-1070     2008/09/29   [編集]     _

すごい集中力...でも無駄なんだな

迷い仔猫1071   新人さんは。   2008/09/30   [編集]     _

つまり。
麗しの彼女の実態を知って不幸だと言いたいのだろうか。
それとも。
麗しの彼女と一つ屋根の下で暮らしていることを自慢したいんだろうか?

G1072   ちょっとイメージが変わった   2008/09/30   [編集]     _

オニスって結構ヘタレだったんね。

-1073     2008/09/30   [編集]     _

若いメイド3人?

とーこ1074     2008/09/30   [編集]     _

メイドさん、実は他に二人います
ベルのばあや化計画の冒頭ぐらいで、屋敷の住人について触れられています

-1075     2008/09/30   [編集]     _

もしオニスとベルが結婚したら、
完全に尻にしかれますな( ´・ω・`)


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