白夜城ブログ

ガートルード 闇の揺りかご直後です。

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 このモルヴァルという国は観光、商売などで人の出入りが多い。
 マディアスと彼が加護する王族が長く君臨しているため、街が大きく変わることなく、歴史的情緒のある美しい町並みだ。宝石店と魔動機店が軒を連ね、場末の宿屋でさえある程度の魔動機による調理、暖房設備があり、管理の行き届いた歓楽街があり、男性も女性も楽しめる都市が多い。問題は冬だと思われがちだが、主要な街道には除雪設備が整っていて、都市は雪の積もりにくい場所にある。外は寒いが、馬車もほとんど暖房が備わっているし、身を切るような寒さに凍える間もなく移動が出来る。夏も冬も人の出入りが激しいので、商売でも観光でも懐が潤っている。
 そんな金持ちの国で、金持ちのために行われた、ガートルードの個展は大入りとなった。
 世に出たばかりの画家の個展に、なぜこうも人が集まるのか理解できなくなるほど人が押しかけてしまい、入場制限がされているほどだ。商売に目覚めたイレーネも噛んでいるのだが、彼女がどんな宣伝をしたかは聞いていない。イレーネを利用するつもりでいた商人は、結果的に彼女に利用される事になっているのを、リーンハルトはよく知っている。彼自身も利用される側の人間である。
 おかげで主役であるガートルードも多忙を極めた。なぜかリーンハルトの姉、エリーゼが彼女を知らない誰かに紹介したり、褒め称えた。
 美しい彼女に見惚れる夫に肘を食らわせたご婦人は、リーンハルトが目撃しただけでも数え切れない。
 そんな美しいガートルードは、贈った中では一番質素なドレスを身につけ、白い薔薇の飾りで髪を結った髪につけていた。彼女は芸術家であるためか何でもセンスよく着こなす。自分がドレスを身につけるのに慣れてくると、彼が何も言わなくても見栄えのいい組み合わせを選んでくるようになった。ドレスに合う装身具、小物、バッグ。それも含めて、彼女は最近ご婦人達に人気がある。ある婦人は彼女に新しいアクセサリのデザインを頼み、その完成品も展示されている。
 ガートルードは仕事としては基本的に断れない性格のため、いいように使われている気がする。
 マディアスは将来のためになるだろうから、好きにさせろと言っているが、イレーネのことに気付いているかどうか怪しい。彼はいつまでも自分の女王を子供だと思っているのだ。
 確かにガートルードには彼女たちのような親しくしてくれる貴婦人との付き合いは大切だ。結婚後のための地盤固めは問題ないどころか歓迎である。むしろ将来、それこそが不安だった。その不安が払拭されるのは歓迎だが、商売へと手を伸ばしそうな雰囲気に、少しだけ不安を覚える。イレーネという前例があるので、不安だ。本人のそのつもりがなくとも、周囲が動きそうで不安だ。
「やあ、ルド」
 別の婦人が近づき、その婦人の息子ほどの青年がガートルードに声をかけた。
「ようやく会えたね」
「クーノ? 大きくなったのね」
 ガートルードが言っていた、知り合いの画家なのだろう。確かに背が高い。年の頃はリーンハルトと同じほど。顔立ちは悪くないため、芸術家のイメージが壊れることもない好青年だった。
「昔から綺麗だったけど、君は女神のように美しくなったね。僕が描く理想だと思っていた精霊の姿が一瞬で色あせてしまったよ」
「相変わらずわけの分からない人ね」
「君は相変わらずだね。嬉しいよ。君は僕の生きる支えだったから」
 男は彼女の手を取り口付けする。リーンハルトは黙って彼女の背後に佇んでいる。
「後ろの方が、君の婚約者?」
「婚約なんてしてない」
「え、でも……」
 彼はちらとリーンハルトの顔をうかがう。彼の目には、何かを悟ったような色があった。腹立たしい。
「私は結婚なんてしません」
「お前は人の話を何一つも聞いていなかったのか」
「髪が乱れるから掴まないでください」
 最近、彼女は頑なだ。あの屋敷に行ってからだ。だから昔の事を思い出させたくなかったのに、マディアスはどこまでも邪魔をする。
「まあ、ガートルード殿。リーンハルト殿と喧嘩でもなさっているの?」
「マディアス様の命令でもない限り、結婚する気などはなからありません」
「まあ、それでは一生結婚などできなくてよ。イレーネ様もそれでご苦労されているでしょう」
「かまいません。私なんか結婚してもしなくても、絵さえ描いていれば」
 卑屈な言葉にため息をつく。自分が身分など覆すほどの美女だという自覚もなければ、自分がリーンハルトとの結婚を許される意味というのも理解していない。後者は可能性は考えているだろうが、口にした事はない。
「お前は反抗期か」
「はんこうきって、なんですか?」
 不覚にも、真剣に問い返す彼女を可愛いと思ってしまった。物知らずではいけないのだが、彼女のそんなところもたまらなく可愛いのだ。
「お前は育ちの事を気にしすぎている。昔の絵を見て思い出したんだろう。
 マディアス様の為を思うなら、言うとおりにしていればいい。イレーネ様にと用意していた私をあの方が手放す意味を、分からない者はそうそういない。血筋がいいのは間違いないのだから、胸を張っていればいい。何か言う者がいたら私に言え」
 彼女は不思議そうに見上げてくる。
 理解していないのか、理解したくないから目を逸らしているのか。
 どちらにしても、愛おしい事に変わりはない。
 大切なのは、見せつける事だ。彼女の反抗を、ただのマリッジブルーのようなものだと思わせるのが大切だ。
 ご婦人方は勝手に噂を広めてくれる。彼女の成長を待つ事に変わりはないが、追い込み漁的方法は変えるつもりはない。逃げ場がないほど追い詰めなければ、彼女は踏ん切りがつかないだろう。
「お前のためなら何でもしよう」
 彼女にとってはそのままの意味の言葉だが、世間の女性にとっては意味の違う言葉。
 本当の意味で理解した時に、彼女がどんな反応をするか、見物だ。


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2008/06/07   おまけ   161コメント 2     [編集]

Comment

 

G428   わぉ…   2008/06/07   [編集]     _

リーンハルトくん、さりげに追い込みかけてますねぇw

鉄心429     2008/06/08   [編集]     _

育成…
男のロマンが溢れる響きですな!!


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