白夜城ブログ



「ふぁ……眠い」
 ベナンドはあくびを噛み殺しきれず、窓から空を見上げて呟いた。
 目が霞む。しかし目を通すべき書類は山のようにある。
 右側が持ち帰った仕事、左側が私事の山だ。
「ベナンド様、大丈夫? お休みする?」
 手紙関連をむむむっとうなりながら調べていたパリルが、顔を上げて問い掛けてきた。
「いや、客人も来たことだし、そろそろ切り上げよう。パリルも疲れただろう。私達は話し合うから、君はお菓子でも食べながらていなさい」
「私は聞かなくてもいいんですか?」
「ああ。聞いていてもいいが、上流階級の男の特有の見栄張りの問題だから、聞く必要はないな。必要なことは後でしっかりと説明するしな」
 幼い傀儡術師のパリルは素直に頷く。
「つまり女の人の服や宝石みたいな問題の話をするんですね?」
「そうだ」
 なんて察しが良くて素直で可愛て使える少女だろうか。
 心を読む力を持っているからか、実際に読まなくても人が何を考えているのか察する能力が高いのだ。
 自分で考えずにどういうことかと聞いてくる女を好む男もいるが、私はこれぐらい察しがいい方がいい。賢い女はそういう男の気持ちを察して物知らずの振りもできる。
 少し前までは浮き世離れしていた彼女も、社会を学び適応するのは早かったから、きっと彼女はそういう女に育つだろう。男を掌の上で転がすような女だ。
 将来が楽しみである。
 もちろん異性としてではなく、使える人間としての話だ。つまり部下にほしいのだ。
「切り上げようって……どうしてベナンドさんは自宅でまでそんなに忙しくしてるの?」
 我が家へとやって来た客、セルジアスが私達を見比べた。
「小娘が関係していそうな事件の資料と、叔父から送られてきた資料と手紙だ」
 前者はやらなくてもいいことだが、何をおいても優先してやりたいことである。趣味と取られることもあって少し不快だが、外からの雑音は気にならなくなった。
 人間というのは成長する生き物である。
「叔父さんに家のことは任せているんでしたっけ。小娘のことを人にやらせたらどうです? それなら緑鎖の仕事の範囲で公私混同ってこともないでしょう?」
「だが、他人には分からないだろ。あの小娘達のしでかしそうなとを嗅ぎつける嗅覚は、関わらなきゃ育たない。そういうのはみんなギルネストの野郎が所有している」
「ああ、ギル兄さんはそういうの集めるの趣味みたいなもんだから。僕はあんまり関わってないから、ちょっと分からないな。お手伝い出来なくて残念」
 と、妹の親しい友人を名乗る少年は言った。
 男嫌いの妹は嫌そうな顔をするが。
 まあ、どのような関係になっても彼なら世間体的には問題ない。頑なな妹をどうにかできるならどうにかして欲しいので、放置している。
「あの野郎、情報が欲しいなら少しぐらい手足のように使ってもいいような人材を寄越せばいいのに」
 情報は欲しがるが、手は貸さない。なんて男だろうか。
 まあ、こちらも手伝ってもらっているので、強くは言えないが。
「まあ、緑鎖から分かることはベナンドさんから仕入れればいいとか思ってるからねぇ。ベナンドさんはやれちゃってるから助けが来ないんだよ」
 それを聞いて絶句した。
 あの腹黒王子のことだから、ありえそうだった。
「何でも自分でやっちゃうと、助けてもらえないから、もっと苦しそうに演技するのも大切なんだよ。ギル兄さんを利用するつもりでわざと弱味を見せるなら、腹も立たないんじゃない?」
「……はぁ」
 人に弱味を見せるぐらいは苦もなくできる。
 だが、その相手がギルネストだと業腹だ。
「難儀ですねぇ」
 セルジアスは肩をすくめた。
「あと、どうしてパリルが仕事の手伝いを? 確かに、パリルに協力してもらうみたいなことは聞いてるけど……違う意味でだったと思うけど」
「パリルは残留思念も多少読めるらしくて、悪意があるものを選別してもらっている」
 本当に、なんて便利なのだろうか。
 悪意の有無が分かる、それだけでどれほど有利になることか!
「ここ一週間ほど手伝ってもらっている」
「一週間?」
「この子を親戚から預かっていることになっているから、その下準備だな。先週は一緒に買い物に行った。お礼に勉強をみてやったりしている」
「ああ、それでなんかいつもと違う格好しているんだね。すごく可愛いよ」
 年の頃はまだ十歳ほど。可愛らしい顔立ちをしていて、エノーラが用意した淡い桃色の服を着ている。菓子を出したら、お上品に服を汚さず綺麗に食べている。
 こうしているとどこかのいいところお嬢さんのようにも見えるが、傀儡術師の孤児だ。
 傀儡術師と言っても、ルゼと同じような物を動かすような力はない。
 人の心を読む力だけを持っているのだ。
「パリルは食べ方が綺麗だな。ナジカと違って安心出来る」
 おいしそうにクッキーを食べていた彼女は、唇を尖らせた。
「ナジカと比べないでください」
「これはすまない」
 一人で食べられないのにがっついてるナジカと比べられたら、怒るのも無理はない。ナジカも優秀な子供だが、食べ物のこととなると目の色を変えるのだ。悪く言えば意地汚い。
 可能な限りの後ろ楯を用意して私が卒業した学校に叩き込んだのだが、良くも悪くも目立っているらしい。
 優秀で、人懐っこい問題児。
 だからこそ手懐けやすくあるのだが。パリルと違って食べ物を与えれば懐かれるのだから、安くすむところがまたいい。
「行儀作法はエノーラさんに教えてもらったの?」
 セルジアスが問うと、彼女は頷いたる
「はい。綺麗なお洋服を汚さないようにって」
 作法だなんだのと厳しく教えるよりも、綺麗な服を汚さないための食べ方とした方が覚えが良かったのだろう。パリルがこうしてここにいるのは、報酬として宝飾品を買ってやると提示したからだ。
 女というのは子供でも服やら宝石やらを好むのが普通なのだ。
 その方が分かりやすくて良い。
 欲が全くない人間ほど厄介なものはない。
 ギルネストなど、妻が物を欲しがらなすぎて困っている。何を贈っても喜ぶが、飾っているだけで滅多に身につけてくれないらしい。
 そういう女だから、利用するのも難しいだろう。
 どんな宝物を見せても、目を輝かせもしないのだ。
「パリルはパーティーに出るために、本当にがんばったんだね」
「うん」
 彼女は少し恥ずかしそうに頷いた。
 そう、彼女を招かれたパーティーに、預かっている親戚の子として連れて行く。
 晩餐も堅苦しくない立食パーティーだそうで、子供だから慣れていなくても誰も疑問に思わないだろう。
 社交の場に出るには少し早いが、留守番させておくのも可哀想だから連れて行ってもいいかと許可を取った。
「パーティーはキラキラなんでしょう? 楽しみです」
 このぐらいの女の子にとって、華やかな世界は憧れなのだろう。
 実際にキラキラしている物が多いしな。
「パリル、お仕事なのは忘れちゃだめだよ」
「分かってます。悪い人を探すんでしょう? 楽しみ!」
 セルジアスが指を突きつけると、彼女は楽しそうに頷いた。
 その言葉を聞いて、ベナンドは首を横に振った。
「悪い人ではない。私達が探しているのは、小娘達に情報を流している奴だ。今までそうだったように、操られていて本人に悪気がない可能性がある。つまり人を害そうとかいう悪意がないかもしれないんだ。だから悪い奴を探すつもりだと、見つからないぞ」
「あ、そっか……」
 彼女は確認するようにぶつぶつ呟いた。
 今まで彼女に探してもらったのは、悪意のある者達だ。だから少し勝手が違う可能性がある。
 それに商売で情報交換しているつもりなら悪意も必要ない。人を陥れようというわけではないのだから。
「もちろん犯罪者がいたら教えてくれるとありがたい」
「人殺しとか、泥棒とか?」
「そうだ。詐欺師とか、犯罪者ならなんでもいいぞ。分かっているだろうが、こっそりな」
 パリルはふむふむと頷いた。
「やる気だね、パリル」
「うん」
 セルジアスに向かって、力強く頷くパリル。
 子供というのは無邪気で可愛いものだ。



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2016/06/17   詐騎士   1504コメント 0     [編集]

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