白夜城ブログ

姫使徒様のお気に召すまま、本編から二年前の出来事です


 父親譲りと言われている稀なる菫色の瞳と、王子を虜にした母親譲りの美貌。
 菫の香りを身に纏い、紅を引いた唇には悠然とした笑みを浮かべている。
 初めての夜会で先ほどまで緊張していたのに、いざとなると堂々としたものだった。
 彼女はミゼ。ミュゼファナ・フィス・ガルネ。
 ラクテッド家が忠誠を誓う王の孫であり、ディクトが個人的に忠誠を使う光の使徒だ。
 人々は彼女を見て、その光の神の愛を一身に受けた、人並み外れた美貌と神々しさにため息をつく。
 ミゼが聖光会取材の催し以外で人々の前に姿を見せたのは、初めてのことである。だから人々は必要以上にミゼに注目した。
 本人は初めての事だらけで、笑顔を作るだけでも精一杯、というのが本当のところなのだが。
 彼女は伯母に教わった事を、忠実に守って維持しているだけだった。
 だからこそ、ミゼは見た目に反して俗世、そして男というのを理解していないところがある。
 それを今日、嫌と言うほどディクトは思い知る出来事があった。
「ミゼファナ姫、どうかお手を」
 初めて出た俗世の夜会で、ミゼ様は初めて見知らぬ男に誘われた。
 若く、なかなか見栄えのいい少年だった。
 ディクトは身をこわばらせてその様子を見守った。
 彼はディクトをミゼの保護者ではなく、使用人と勘違いでもしたのだろう。
 貴族というのは使用人を空気のように扱うのだ。
 こうなることは最初から予想していた。
 だからミゼにも必要な経験と割り切り、いかがわしい真似をしない限りは見守ると決めていた。
 そうでなければ、図々しい少年の胸ぐらを引っつかんでいたかもしれない。
 そんな姿を見られたら、また過保護だの、狂犬だのと言われて、ミゼや実家に迷惑をかけてしまうとこだった。
(平常心、平常心。この程度の男にミゼ様がなびくはずがない)
 ミゼは微笑みながら、少年を見て小首を傾げた。
「お手?」
 ミゼは反対側に首を傾げた。
 そして言った。
「おまえ、私の犬になりたいの?」
 ミゼの美貌に吸い寄せられるように接近した少年は、顔に笑みを浮かべたまま固まった。
 彼も多少は容姿に自信があったのだろうから、まさか犬などと言われるとは思わなかったようだ。
 六年も彼女の側にいるディクトでさえも、さすがにこれは予想していなかったのだから、当然だろう。
 ディクトは晴れ晴れしい気持ちで、対応に困っているミゼに声を掛けた。
「ミゼ様、世間一般では犬というのは褒め言葉には成りませんので、犬になりたいのかというのは、いかに光輝なミゼ様であっても、たいへん反応に困る微妙な言葉です」
「そうなの? 犬はあんなに忠実で賢くて可愛いのに、なぜ微妙だというの?」
 ミゼは番犬として数十匹の犬を買っている。繁殖の難しい希少な犬種を、使用人達と一緒に増やして躾けたため、愛犬家の中ではかなり有名らしい。
「ディクトだって忠犬と呼ばれているじゃない」
 彼女は大好きな犬に関する表現を否定され、戸惑っているようだ。
 まさか忠犬というのを、素直に褒め言葉だと思っていようとは、ディクトも予想していなかった。
 見た目はすっかり大きくなってしまったのに、昔と変わらずなんて可愛らしいのだろうか。
 しかし、彼女にそういった常識を教えるのも、彼の責務の一つである。
 しかし、それは後でじっくりと話し合えばいい。
「この方はミゼ様ダンスに誘っておいでなのです。曲が終わりかけたタイミングで声を掛けられたのはそのためです」
「ダン……ス?」
 ミゼは心底意外そうに言った。
「ええ。ミゼ様にとって踊りといえば、光の神のために捧げるものですが、世間一般では男女でするものです」
 ミゼはそれを聞いて、目を見張った。
「伯母様がおっしゃっていたの。私を踊りに誘う愚か者などいないから安心なさいって」
 ディクトはその伯母、リリアナ姫の容赦のなさに内心たじろいだ。
 だが、それだからこそミゼを安心して任せられるのだ。
 彼女はミゼの美しさと純粋さを、いたく気に入っているようだから。
「リリアナ姫もまさかそのような不届き者がいるとは思いもしなかったのでしょう。
 まだお若い方なので、世間を知らないのは無理はありません」
 そう教えると、ミゼは頷いた。
「世間知らずだと!? 姫が俗世を知らないのを
いいことに、使用人風情が適当なことを!」
 世間知らずな少年は、ディクトに食ってかかった。
 先ほどの犬発言は、彼女が犬好きのため悪意はないと理解したようで、ディクトだけに食ってかかった。
 もちろん悪意があろうと、姫使徒と呼ばれる彼女に食ってかかったら、どうなるか分からないほど愚かではないだろう。
「そうね。知らない事は罪ではないわ。誰も教えなかったのが悪いのね」
 ミゼは素直に反省できる良い子だ。
 だが、伯母の影響なのか、たまに誤解を受けそうな言い回しをする。
 影響を受けた彼女の伯母が、それはもうキツい聖下だから仕方がない。
「ディクト、後で彼の保護者に釘を刺しておきなさい。
 下々の者がおまえを使用人だと勘違いするのは仕方がないわ。でも、身分ある者が知らないのは、さすがに問題よ」
 彼女は少年を哀れむように言った。
「私の聖光騎士であり、ラクテッド家の者に向かって、使用人だなんて」
 少年の頬が引きつった。
 ディクトは呪物の眼鏡を押し上げて少年を見る。
 ラクテッド家は有名な呪物蒐集家であり、その呪物の力で地位を得て、王の護衛を任されるようになった一族だ。
 実際に、その権力がどれほどのものなのか、聖光騎士になるべくして育ち、十六でミゼと一緒に俗世から切り離された離宮に暮らすディクトには、実はよく分からなかったりするのだが。
「無知は災いの元よ。ディクトは聖光騎士だから、目下の者の無礼も許してくれるけど、以後気を付けなさい」
 それだけ言うと、ミゼはきびすを返した。
 きっと、これ以上はどうしていいのか分からず、この場にいるのが気まずいのだろう。
 ディクトはミゼの後に続き、ただただ彼女に声を掛けようとする愚かな若者がいないように見張った。


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姫使徒様のお気に召すまま
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2013/12/20   書籍番外編   1349コメント 0     [編集]

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