白夜城ブログ

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魔道書店の稀書目録 ペンの天使に悪魔の誘惑 (一迅社文庫アイリス) 魔道書店の稀書目録 ペンの天使に悪魔の誘惑
7/18発売
盗まれた〈天使の書〉の噂を聞きつけてメイザス魔道書店にやってきたジールは、奴隷にのようにこき使われている天使達と出会い、〈天使の書〉を買い戻すために書写師として働くことになる。ジールにだけは優しい悪魔の如き美貌と性格と能力を持つ店主と、天使のような(見た目の)少女の魔道ファンタジー。

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3 死体の踏み洗い

「きるす、つめたい」
「ほう、寒さを感じられるのですか?」
「きるす、つめたいから、ひえるぞ。かぜひくぞ」
 私は不死者なので季節による気温の差を感じなくなったが、川遊びをしていたら正気を疑われるような季節なのは分かる。
「僕は寒さには強いので、何の支障もありません。抵抗せずに、大人しく洗われなさい!」
 キルス坊ちゃまは、死んでいるのをいい事に、リザイアの頭を川面に押し付け、鎖を踏んで顔を上げられないようにした。
 リザイアは肉体的な欠損はなく、顔色が悪いだけで、黙って立っていれば死んでいるようには見えないから、どう見ても拷問か殺人現場だった。
 剣や鎧で武装している大人の男を、小柄な少年が押さえつけているという、異様な光景である。
 幸い、ここはエルヴァン家の私有地なので、この現場を何も知らない一般人が見る事はない。
「坊ちゃま、いきなりどうなさったのですか」
 風で帽子が飛ばないよう手でおさえながら、川縁から声を掛けると、坊ちゃまは素足でリザイアを蹴──ではなく、踏み洗いするのを中断して、顔を上げた。
 ブーツは橋の上に揃えておいてある。
 キルス坊ちゃまは物を大切にする、几帳面な一面も有しているのだ。
「僕はリザイアを連れて出かけます。
 ですが、この風呂嫌いの馬鹿を無理やり脱がしている時間はないので、仕方がありません」
 確かに、リザイアは風呂嫌いだ。
 お嬢様がお願いしても、風呂に入るのを嫌がるほどだ。
 だからこのようにするのが、一番手っ取り早いだろう。
「リザイア、お前が汚いと当家の恥です。大人しく出かける準備に協力しなさい」
 キルス坊ちゃまが背に乗っているせいで起き上がれず、ずっともがもが言っているので、協力しようもないだろう。
 キルス坊ちゃまは偏った合理主義者だ。
 手段はそれなりに選ぶのだが、法に触れない、人道的に問題のない手段がいくつかある場合、最も簡単な手を選択する傾向がある。
 死人に溺れ死なないため、彼にとってはこれが最も簡単な方法だったのだ。
「よし、見た目に汚れは落ちましたね」
 坊ちゃまはリザイアの鎖を持ちあげて、仕上げとばかりに顔を拭う。
 濡れた短い銀髪は日の光を浴びてまぶしく、うっとうしげにそれを掻き揚げる姿は、様になっている。
 黙っていれば、彼はかなりいい男だ。
 生前はさぞ女泣かせだったことだろう。
「よし、これで安心して出かけられます」
「でかける?」
 リザイアはキルス坊ちゃまに沈められていた事を気にもせずに、むくっと立ち上がって首を傾げた。
「僕を指名した依頼がありました。魔獣による犠牲者が出たそうです。その死者を慰めるついでに、魔獣退治をして欲しいそうです」
「それ、ふつうは、ぎゃくじゃないか?」
 普段は呆けた事を言うリザイアだが、たまにまっとうな指摘をする。
 普通に考えれば、それは魔獣を退治する依頼だ。
「うちは先祖代々死霊術師です。生き物の退治は専門外です」
 だから建前として、死者を慰めてほしいと依頼したのだろう。
 それには原因の排除が不可欠だ。そういった原因の排除をする事もあると、知っているからこその依頼だと思われる。
 キルス坊ちゃまは、色んな意味で有名だから。
「本音が何であろうと、けっこうな額を払ってもらえますし、非業の死を遂げる者をこれ以上出すわけにもいきません。
 死とは尊いものです。
 理想の死こそ、生きる意味なのです。
 それが、魔獣に喰われて終わるなど、人として見過ごす事など出来ません」
 キルス坊ちゃまは目を伏せて右手を胸の前に置いた。
 エルヴァン家の考えは少し変わっているが、ようは人は幸福に死ぬべきだと言っているのだ。
 つまり『自分の愛する家族、孫やひ孫に囲まれて、幸せを噛みしめて死ぬ』というような、よくある『理想の死に方』が望ましく、死者を救うと同時に、生きている者が未練を残さない死に方が出来るようにするのは、人として当然の事であると考えている。
 そのためにタダ働きすることも、決して少なくはない。
「くいころされるのは、いやだろうなぁ」
「当然です。それを防ぐためならば、この指輪を外し、呪われた力を使う事も厭いません」
 坊ちゃまの手には、いくつもの指輪がはまっている。その中でも禍々しい気配を放つ、強烈な曰く付きの指輪がある。
 これがキルス坊ちゃまが言う『呪われた力』を封じているのだ。
 その封じられた力のせいで、坊ちゃまはこの近隣では有名だった。
「きるす、せいなるちから、つかうのか。たのしみ」
「黙りなさい。僕にとってこの力は忌まわしい物だと何度言えば理解するですか」
 キルス坊ちゃまは琥珀色の瞳でリザイアを睨み上げた。
 坊ちゃまは、死霊術師、闇の女神の信奉者でありながら、光の神を崇める光聖会から強引とも言えるな勧誘を受けるほどの、光と熱を操る特殊能力を持っている。
 光の使徒とも呼ばれるほど特別な聖なる力を持っている、と言った方が分かりやすいか。
 光と熱の力というのは実に凶悪で、この近辺では変わり者の使徒様として名が通っている。
 つまり、その力が目当てで、ついでに死者も慰めて欲しいというのが、依頼の趣旨で間違いない。
 死霊術目当てで、坊ちゃまを指名するなどという事はありえないのだ。
 なにせ坊ちゃまは、死霊術が使えない事はないが、歴代の死霊術師の中で、最も死霊術師の才能がない死霊術師だからだ。
 かろうじて使えているのは、血筋と唯一相性の良かった呪物、あの髑髏の杖のおかげらしい。
「リザイア、穀潰しの自覚があるなら手伝いなさい。魔獣なら多少食えるかもしれませんし」
「おれ、うしの、にく、すきだった、きがする」
「まあ、それが嫌いな人はあまりないと思いますが……。
 しかし、牛の魔獣なんてものが仮にいたとしても、この近辺では聞いた事がありませんよ」
「いのししは?」
「そういうのだと助かります。多いのは爬虫類ですが」
「へび、とかげ、くえる。どく、おれ、へいきか?」
「毒がありそうなのは、やめておけばいいのでは?」
「そうか。わかった。はらへった」
 リザイアは嬉しそうに頷いた。キルス坊ちゃま達の負担を減らせるからだろう。
 最近はアリーサお嬢様も責任を感じて、仕事で忙しくしているぐらいだ。さすがに呆けていても気になるらしい。
「さて、身体を乾かしたら行きますよ」
 それを聞いて、私は心から喜んだ。
 リザイアがいなくなるなど、どれほどぶりの平穏だろうか。
「ダリス、馬車の用意は皆がしてくれているから、御者をしなさい。
 今いる中では、お前が一番見られる外見ですからね」
 ダリスとは、自分の名すら思い出せない私に与えられた名である。
 リザイアも私を見上げる。
 その濁った青い目は、まさに捕食者のものであった。
 彼は坊ちゃまに対しては犬のように従順であるが、既に死んでいる私など、彼にとってはただの非常食ない。
 だからこそ、私は彼が恐ろしい。蛇に睨まれた蛙というのは、きっとこんな気持ちなのだ。
 すっかり浮かれていた私は、谷底に突き落とされたような気分になった。
 希望を持って有頂天になっていた分、その底は深かった。


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魔道書店の稀書目録 ペンの天使に悪魔の誘惑 (一迅社文庫アイリス) 魔道書店の稀書目録 ペンの天使に悪魔の誘惑
7/18発売
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2013/01/15   書籍番外編   1267コメント 0     [編集]

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