白夜城ブログ

1 (本を読んでからの方が楽しめると思います)

 羊雲が流れる、心地よい日和だった。
 最後の洗濯物を干し終えると、風に靡く整列した洗濯物を見て、エヴァルは満足して頷いた。
 清潔で整然としている様の、なんと心地よいことか。
 リゼットが亡き父と共に作ったという洗濯機があるので、学生時代に比べればずいぶんと楽だ。
 しかし干すとなると、リゼットのレースだらけの服に触れる時は、ボタンなどに引っかけないようにと、少し緊張した。
 リゼットの手作りであるこれらを売れば、彼女は簡単に貧乏脱出できるはずだが、色々と事情があって売る事が出来ない。
「さて……今日はどこを片付けるか」
 庭を見回すと、薔薇園では今日も蜜蜂たちがよく働いていた。
 彼等が洗濯物の中に紛れ込まないようにだけ、気をつけなければならない。
 ラフェスならともかく、リゼットが刺されたら可哀相だ。
 エヴァルは次にすることを考えながら、庭を隅々まで見回した。ずいぶんと片付いてきたが、まだまだ手入れされた庭とは言い難い。
 一見雑草に見えるハーブや野菜類は、収穫と称して大量に間引いたが、追いつくはずがない。
 屋敷の中も、まだまだ片付けるべき場所は残っている。
 庭だけでも脱汚屋敷はまだまだ遠い。
「待って、そう、それっ、それをそのまま下に!」
 突然、リゼットの声が裏庭の方から響いてきた。
 先ほどから大きな金属音が聞こえていたのだが、どうやら今から何かするようだ。
「今度は何をしてるんだ?」
 エヴァルはリゼットがいると思われる裏庭に向かった。
 ハーブの小道を通って裏庭に出ると、
「…………」
 エヴァルには、奇人達のしている事が理解できず、首を傾げた。
 赤いローブを身につけたリゼットは、自身がすっぽり隠れる大きな盾を構えていた。その背後にラフェスがしゃがみ込み、さりげなくリゼットの肩に触れていた。
 ラフェスは一見普通に見えるが、所詮はクロリス家の人間だ。魔動機に関わるとどこかおかしくなる。
 そう、二人が盾から覗き見ているのは、樽型の魔動機だ。その魔動機の前にいるのは、陶芸窯の中に住み着いている火精霊だった。
 炎のような髪に、血のような色の瞳。赤が基調の普通の洒落た服を着た、美しい男の姿をしている。
 一目見るだけでは、人間なのか精霊なのか悩むほど人に近い姿だ。
 彼等は人の姿に近いほど力があると言われている。他の精霊のように、炎を纏っているように見えず、普通の服を着て、一見すると人なのか悩んでしまう事が、彼の力の強さを示している。
「リゼット、何をしているんだ?」
 エヴァルが声を掛けると、彼女は慌てて振り向いた。緑色の目が大きく見開かれている。慌てたような顔も可愛らしい。
「え、あっ、しゃがっ」
 リゼットが何か言い終える前に、火精霊が魔動機のスイッチを押した。
 その瞬間、爆発した。
 火精霊は天高く吹っ飛び、近くに建っていた小屋の屋根の上に落ちた。
 魔動機のねじ切れたパーツが、エヴァルが最初に立っていた場所を、人の身体など貫く勢いで通過していった。
 ぎりぎりで避けられたのは、日頃の鍛練を欠かさなかったおかげだろう。
 屋敷と小屋には結界が張られているから、そちらに向かった破片は、結界で柔らかく受け止められ、壁際に並んでいた。
 無意識に避けていたエヴァルは、事が終わってから、自分が危なかった事に気づいて、急に騒ぎ始めた心臓を押さえた。
 息が荒くならない程度に落ち着くと、エヴァルは茫然としている見ている二人を見つめた。
「り、リゼット、い、今のは、何をしていたんだ? 兵器の開発でも始めたのか?」
 恐る恐る問うと、彼女は首を横に振った。赤毛が揺れて、風に揺れる薔薇を思い起こす。
 見た目だけは、本当に可愛らしい。あの可愛らしい顔を向けられると、どうにも弱いのだ。
「違うよ、これはお料理マシーンなの!」
「はぁっ!?」
 声を上げたのは、エヴァルではなくラフェスだった。
 普段は氷のような冷たい印象の彼が、珍しく間抜け面を晒している。
 エヴァルも今、人の事は言えない表情だろう。
「料理でなんで爆発するのっ!?」
「火がいるでしょう。火を使うと爆発するに決まってるじゃない。ここから微調整をするの」
 爆発する事を前提に、多少の事では消滅しない、精霊にスイッチを入れさせたのだ。
 ラフェスは眉間を押さえて、ちらりと爆発した魔道機を見た。
「リゼット……君は兵器開発とかの方が、ある意味で天職かもしれない」
「え、なんでっ!?」
 リゼットは心外そうにラフェスを見上げたが、どこまでも料理などの女性的なスキルとかけ離れた彼女には、兵器開発の方がはるかに向いているだろう。
 今のを見れば、誰だってそう思うはずだ。
 吹っ飛ばされた火精霊は、笑いながら窯に戻り、窯の中でも壁を叩いてひたすら笑い続けた。
「二人とも、昼食までにはちゃんと片付けておけよ。片付いてなかったら一人で全部食うからな」
「か、片付けるっ」
 リゼットは慌てて立ち上がり、盾を捨てて魔動機の元へと走った。
 魔動機のことばかりが頭を占領して、きっとあの盾を片付け忘れるに違いない。
 エヴァルは傷む頭を押さえながら、自分の手で昼食の準備をするため、キッチンへと向かった。

 
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2012/04/20   おまけ   1203コメント 2     [編集]

Comment

 

-8864     2012/04/22   [編集]     _

予想してたより、若干マッド成分が少なく甘めでしたが、楽しく読ませていただきました!

母親が美女、ってことはイレーネ様の叔父あたりですかね?

とーこ8865     2012/04/22   [編集]     _

楽しんで頂けて嬉しいです。
マッド成分は少女レーベルだと途中で気づいて、泣く泣く削ったり、オブラートに包みました。

叔父ほど近くはないですよ。
魔道都を読むと、どれぐらい離れているかが分かります。


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