白夜城ブログ

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魔道書店の稀書目録 ペンの天使に悪魔の誘惑 (一迅社文庫アイリス) 魔道書店の稀書目録 ペンの天使に悪魔の誘惑
7/18発売
盗まれた〈天使の書〉の噂を聞きつけてメイザス魔道書店にやってきたジールは、奴隷にのようにこき使われている天使達と出会い、〈天使の書〉を買い戻すために書写師として働くことになる。ジールにだけは優しい悪魔の如き美貌と性格と能力を持つ店主と、天使のような(見た目の)少女の魔道ファンタジー。

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3

 ヴェノムは目を塞ぐ仮面を身につけたまま、前が見えているかのように姿勢一つとっても優雅にスープを飲んでいた。こぼさず静かに音を立てず理想的な姿勢をとり、その手に迷いはない。
 いつものことだが、ハインツァーはヴェノムが本当に見えていないのかと疑っているようだった。目隠ししている人間に対して、くだらないことを疑うものだ。
「つまり、何者かに命を狙われているので、その相手をどうにかすればよいのですね?」
「はい。つまりは、そういうことです」
 ハインツァーはもごもごと歯切れ悪く言う。
 気休めに神殿から高く買った身代わり人形が、ある日突然何もしないのにはぜ割れた。
 神殿に問い合わせたところ、それは何者かが彼に死の呪いをかけ、その結果この人形が身代わりになったのだという。
 恐ろしくなり急いで新しい人形を購入したところ、その夜もまた人形がはぜ割れた。それが毎夜続いたのだ。
 初めは神殿の者の仕業ではないかとも疑ったのだが、それでも恐怖があるので再び購入してしまう。それでは一向に埒があかないと、初めはヴェノムではなく、他の魔道士を呼んだらしい。しかし、その魔道士が言うには、この呪いは自分では防ぐことぐらいしかできないのだと言う。犯人を見つけられるようなレベルになると、それこそ国仕えしているような優秀な魔道士でなければ不可能で、そんな魔道士は滅多にいないという。
 そこで、実力者の中では珍しく個人経営の最高位の魔道士を紹介されて招いた。
 それが、ヴェノムだ。
 仲間内では知らぬ者はいない。いや、地方によっては小さな子供にまで知られている伝説級の魔女である。子供を脅すための怖い昔話風に使われているらしいのだが、逆に英雄扱いされている地方もあるそうだ。
 魔道機関『理力の塔』経由で、水鏡を用いて依頼は伝えられた。
 呪われているから助けてくれと切実なものであったため、ヴェノムは珍しく重い腰を上げた。普段は誰それを呪い殺して欲しいなどという、法律に触れるような腐った依頼ばかりなのだ。仕事を選別する彼女は、そういった依頼は一切受けない。逆に人を助けるためなら無報酬でも動くときがある。もちろん時と場合によるが。
 そんなところは、尊敬に値する。どんな大金にも、どんな素晴らしい宝石にも、彼女は動かされることはない。自分の気に入らない仕事は、どんな報酬であれ断ることにしている。
 この容姿とその性格が、伝説の二面性を作り出したのだと理解できるだけに、弟子としては頭が痛い。
 そのせいで、約半年ぶりの仕事であり、遠出だった。
「実際に来た呪いを見ない限り何とも言えません。とりあえずは呪い返しの札をお渡ししますが」
「それはおいくらほどで?」
「依頼料の中に含まれていますからご安心を。よほど強い呪いを返さない限りは、永久に使えますので。燃えてしまったときが最後です。身代わり人形よりは効率的だと思います」
 ハインツァーは目を丸くした。
 毎日高い人形を買っていたのだ。そんな便利なものがあるなど、信じられないのだろう。
「それがあれば、相手は諦めるのではないですか?」
「それで諦めるような相手とは限りません。躍起になって、より強い呪いを掛けてくるかもしれません。実力行使に出る可能性もあります。そうなると、この程度の依頼料では割が合わなくなり、逆に高くつきますよ。ここまでするのですから、おそらく犯人をどうにかしなければ終わらないでしょう」
「……そうですか」
 ハインツァーは肩を落とす。
 散財が趣味の金持ちでも、さすがにこんなことにばかり金を食わせるのは痛いのだろう。命と引き替えとはいえ……。
「心当たりはありますか?」
「さあ。あるといえばありますね。
 親戚が私の財産を狙っているとも聞きますし、商売敵も山ほどいますしね。絞り込んでも十ほどの心当たりがありますよ」
「……そうですか。それならば、やはり様子を見る方が早いですね。呪術などというものは、個性が大きく出るものです」
 ハウルは強い呪いというものを、この目で見たことがなかった。呪いなど返されたときは自分が危険なだけの、割に合わないものだ。軽いものであれ、そんな陰湿なものをかけるような知り合いはほとんどいないし、ヴェノムは知識としてしか教えてくれない。
 ヴェノムは毒物を盛る方がよほど簡単だと言う。
 どっちもどっちだと思うが、毒は薬にもなるので、覚えて損はない。何より、毒草や毒キノコ毒のある生き物を見分けられないと、居城のある森の中では食べる物に困るのだ。そう、毒とは自給自足の生活において、死活問題なのである。
 そういえば、家畜の肉を食べるのは久しぶりだった。いつもは野生の動物を狩って食べているので、食べるために肥え太らされた、柔らかく臭みの少ない肉は。
「この料理は、なかなか美味しいですね」
「喜んでいただけて光栄です。あなたのような美しい方が口にするので、シェフが張り切ったのでしょう」
「世辞は結構です。後でレシピを教えていただきたいものですね。こう見えましても、料理が趣味でして」
「目が見えないのに、器用でいらっしゃるのですね」
「空気の動きで、だいたいの物の位置は分かります」
 初耳だった。
 そんなもので物のあるなしを見分けていたとは思いもしていなかった。てっきり驚異的な勘と経験だと思っていたのだが、侮れない。
「とりあえず、ハインツァーさんはぐっすりお休みしていただければ結構。例え何があろうとも、安眠をご提供いたします」
 つまりは強制的に眠らせてしまうつもりのようである。
 笑うこともない。ただ、告げる。それだけで十分だ。
 見る者の背筋を凍らせる、完全な氷の美貌。それこそ、素顔すら仮面のようにすら見えるほど、ほとんど動じることはない。氷の女王よりも冷たい表情ができると言われるほど、彼女の美貌は動かない。
 その人間味のない美貌は、見る者を圧倒する。
 ハインツァーも、彼女に手を出そうなどとは欠片とて思いはしないだろう。
「頼もしい限りです」
「そう言っていただければ光栄です」
 言って、ヴェノムはワインを……。
「こらこら」
 ハウルは慌ててヴェノムを止める。
「酒は禁止だって言っただろ。まったく、いい歳して分別ぐらいつけろよな」
「…………」
 ヴェノムはどこか寂しげにワインを置いた。表情はないが、閉じられた唇に哀愁を感じた。
「すみません。師匠にはジュースか何かお願いします」
「ジュース、ですか」
 師を罵倒する弟子を物珍しげに眺めながら、ハインツァーは呟いた。
「酒を飲むと仕事に差し支えます。魔法とは、神経を使うものですから」
 実際には、ただ酒癖が悪いだけだが、それを言う必要など無い。
「お弟子さんはしっかりなさっていますね。では、オレンジを絞らせましょう」
 ハインツァーは初めて愛想ではなく笑った。



 ラァスは意味もなく視線をあちこちへと向けた。棚の上に置かれた石の置物は、ずいぶんと前にラァス自身が加工して、目の前の男に贈った物だ。祝いに何を贈ればいいのか分からず、ラァス自身が好きな物を贈った。今考えると、ずいぶんとふざけた話しだが、受け取った男はそれをずっと飾ってくれている。
 気に入られてはいるのだ。だから本当にひどい依頼は回ってこない。
「もしも抜けたとして、一体どうするつもりだ?」
 噂を聞き付けたのか、呼び出されてすぐにそのように問われた。
 問われて、首を横に振るしかない自分が嫌だった。何がしたいのかなど分からない。ただ、今の自分の全てに嫌気がさしている。
 それでも彼のことは好きで、どうしたいのかなど分からない。
「なんでちょっと愚痴っただけで……」
「他の奴に吹聴せず、いきなり俺の所に話が来た事に感謝しろ」
 話が広まっていたら、優遇されている分反感も大きかっただろう。
 ラァスは目を伏せてため息をついた。
「いいか、ラァス。抜けることは出来ない。許されるのは、仕事を遂行する能力を失ったときだ。それにしたって、組織から完全に離れることは出来ない。それが、暗黙の掟だろ。
 なのに、そんなことも考えずに、抜けてどうする?」
「分かってるよ。ちょっとお酒が入って、愚痴っただけだって」
 人を殺して生きているだから、否定など出来ない。この仕事のおかげで、ラァスは今生きている。
 ラァスも殺されても仕方が無いような相手なら、平気だ。
 しかし罪もない幼子を殺さなければならなかったことがあった。訳も分からず死ななければならない子供。しかも、親の都合で殺されるのだ。親の身勝手で。邪魔になっても捨てられない立場だから、殺してしまう事にしたのだ。
 それにあの婦人。夫に酷い仕打ちをされていたらしい。鬱憤を晴らしたくなるのも当然だ。
 なぜ死ななければならなかったのか。
 そう考えると、耳鳴りがひどくなる。
 しかしそれが仕事で、ラァスがしなくても誰かがして、結果は変わらない。ラァスの心が鈍るのは、ただの自己中心的な考えでしかない。
「お前は、殺し以外に何が出来る?」
「さあ」
「スリをするか? それとも、身体を売るか? お前が、まっとうに働けるか?」
「……分かんないよ」
 ラァスは顔を上げ、目の前にいる男を見た。
 二十代半ばの青年だ。見た目はいいが、どこにでもいるような目立たない雰囲気のある男だ。目立たず、そして人の反感を買わない。こんな容姿であることが、暗殺者として望ましい。
 ラァスでは、人目に付きすぎてしまう。だから瞳の色を変えてもらい、娼婦にでも化けるか、夜の闇に紛れて殺すことが多くなる。
 それでも仲間内では指折りの腕利きであるため、こうして暗殺組織の長が、直接悩み相談してくれているのだ。
 ラァスの気品を感じさせる容貌。中性的な美貌。人を惑わすその姿は、使いようによっては高貴な身分の者を最も簡単に殺す事が出来る。今日のように、寝所へと誘い込み……。
 彼らにとってもラァスは失えない人材なのだ。
「……よく分かんないけどさ……」
 溜め息をつく。
 何がしたいのか、分からない。だからこそ焦る。
 何かしなくてはならないような気がするのに、全てが空回りしている。耳鳴りがして、何かが耳元で囁いているような気がするのだ。
 ここにいるべきではない、そう囁かれている気がする。
 しかし、何をすればいいのか、何が聞こえるのかが分からない。
「軽い反抗期か」
「なんだよ、それ」
「よくあることだ。たまに自分は今の職業が本当に向いているのか、とか、疑問に思う者がいるんだ。若い内は特にな」
「それって、ごく一般的な職人の跡取り息子とかがなるんだと思うんだけど」
「似たようなものだよ。ただ、重さが違うだけで」
「…………」
 頭目は苦笑してラァスの頭に手を置いた。
 先代がラァスにとっては父親代わりである。そして、その息子の現頭目──フォボスが兄代わりであった。
 家族の愛とは違ったが、それでも心許せる関係だった。
 幼い頃のように、ただひたすら無視されるか、殴られていた頃には戻りたくない。落ちたくはない。
 目を向けて欲しい。見て欲しい。容姿の良さで気にかけてもらっていただけなのだが、それでも気にかけてくれる人がいて、当時は嬉しく何でもした。それだけで何をするのも理由は十分だった。しかし今では……。
「まあ、悩め悩め。一度ぐらいそういうことが、たいがいの人間ならあるもんなんだよ」
「……でも」
 ラァスが殺さなくても、誰かが殺す。だから彼が拒否しても同じ事だ。悩みながら殺しても相手が浮かばれるわけではない。迷いは手元を狂わせ、相手を苦しませることにつながるだけだ。
「そうだな」
 フォボスは足を組み、愛用のナイフをいじりながら優しい目をしてラァスを見る。
 彼の演技力は、組織随一。優しさを見せながら、平然とナイフを投げる男だ。しかし、それはないとラァスは理解している。
「なら、お前の言う殺されてもしょうがないようなあくどい人間、殺しに行くか? 予定は明日だったけど、準備は出来ているからな」
「え? 今日?」
「ああ。ちょうど誰に行かせようか悩んでいたんだ。疲れてはいないだろ?」
「そりゃあ」
「なら、決定だな。魔力の強いやつをリクエストされてたから、お前が適任だ」
 ラァスは小さく溜め息をついた。
 これ以上我が儘を言ったら、フォボスを困らせるだけだと、分かっていた。彼は彼なりにラァスの事を気にかけてくれている。これ以上の我が儘は、彼に無駄な苦悩を与えてしまうだけだと、知っている。
 ラァスは静かに頷いた。

 
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2011/09/03   魔女の弟子   1104コメント 1     [編集]

Comment

 

とーこ8511     2011/09/03   [編集]     _

そういえば、昔はこれを毎日更新してたんですよね。
5000から8000字ぐらい、毎日。
どんだけ暇だったんだ、学生時代の私。


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