白夜城ブログ

2

 心は焦るばかりだ。
 ラァスは意味もなく動きまわりたくなり、その衝動を抑えるのに苦労した。むやみに走るのは危険だと実感したため、少し早歩きで前へと進む。
 気持ちは切り替わらないが、無意味に微笑みを浮かべた。
 何も知らないとばかりの見せかけの無邪気さで、甘い香りで虫を誘い捕食する花の如く、何も知らぬただ綺麗なだけの汚れない少年を装って、夫人に微笑む。
 ──ああ、いらいらする。
 耳鳴りがやまない。
 皆は反抗期だというが、なぜこんな生活に耐えられるのかが、彼には理解できない。もちろん皆、好きでやっているわけではない。抜けるに抜けられない、理由がある。
 確かにこの仕事をしていれば飢えることはない。仕事をちゃんとこなせば、豪華と言っていい食事を与えられる。欲しい物も簡単に手に入る。
 昔は飢えて、やせ細って。餓死寸前まで水すら与えられなかったこともある。
 実の親にだ。
 父親は、記憶の中では酒浸りだった。気まぐれに人を折檻しては、酒を飲む。姉は娼館に売られ、生きているか死んでいるかも分からない。まあ、娼婦など、長生きできる職業ではない。死んでいたとしても、何とも思わないほどの薄い繋がりとなった姉だ。
 彼も売られた身なので、他人のことなど気にしているほどの余裕もなく、姉のことなどほとんど思い出す事ない。
 ラァスは売られた当時、目も当てられないほどやせ細っていたので、ろくな買い手もつかなかった。同じほど痩せていた姉は、女だというだけでラァスよりもほんの少しだけ高く売られていただろう。
 もしも当時から、この金色の瞳であれば、話は違っていただろう。当時から目の色はかなり薄かったが、金色ではなく薄茶と呼ぶべき色をしていた。この瞳は成長して色が変化したのだ。これは強い地に属する魔力を持っている証で、最近では隠すことに苦労している。
 今ではこれほど優れた容姿と力を持つ彼だが、売られた当時はやせ細った何の取り柄もないただの子供だった。そんな小さな男の子が売られる先は、限られてくる。
 今いる『この世界』ならば、子供でもある程度の値になるから、ここに売られたのだ。どんな扱いを受けるかなど、父はきっと関心がなかった。
 ラァスを売った金も、おそらく酒の代金に変わったのだろう。人の値段としては、二束三文だ。酒代のために売られて、彼はこのような苦しみを与えられている。
 しかしあの生活に比べれば、今の生活は天国のようにも思えるかもしれない。実の親に殴られ、しまいには売られた悲しみに満ちた当時と比べれば、本当に天と地ほどの差がある。
 ただ、心を殺せばの話だ。
 自分の手を引き、どこかへ向かうこの女は、このことについて罪悪感はないのだろうか?
 この女は夫を裏切り、見目のいい少年を手込めにするつもりなのだ。
 彼女は金貨をちらつかせ、ラァスはそれにつられた振りをして、無邪気を装い女についていく。彼女の名は知らない。知る必要もない。
 やがてどこかの屋敷に連れ込まれた。本邸ではないだろうに、立派な家だ。こんな家の子に生まれていれば、ラァスはこのようなことにはなっていなかっただろう。
 ラァスはくつりと笑った。
「ねえ、なにをするの?」
 相手を喜ばせるために首を傾げて聞いてみる。実際ラァスは十三なのだが、歳よりも幼く見えるようにしてきた。こうすると、この手の女はとても喜ぶ。
 気色悪い。
「いいことよ。お姉さんの言うことを聞いたら、お金もあげるし、美味しい物を食べさせてあげるわ。とっても気持ちのいいことだから、怖がらなくていいのよ」
 痩けたように見せる化粧をした頬を撫でられた。女の手に化粧が移ることはなく、撫でられても気づかれない。もしも移っても、汚れだと思うだろう。
 化粧の下のラァスの肌は、毎日値の張る美容液をつけている。若さと努力。それにより、彼は自らをより美しく見せている。大人達はそれを好み、ラァスに騙される。
 手を引かれ、早々ベッドのある部屋に連れられ、まだ日も沈み切らぬ時間だというのに、彼女は強引に彼をベッドに座らせた。
「さあ、怖がらないで」
 再び頬を撫でられ、赤く塗りたくった爪を使ってボタンを外された。
「他の人は?」
「大丈夫。誰もいないわ」
「そう………」
 女は、ラァスの顔をまじまじと眺め、ほうと息をつく。
「…………君は、本当に綺麗ね」
 ラァスは上着をはぎ取られた。女は恥じらうことなくドレスを脱いだ。若い男を誘惑するだけはあり、年の割には綺麗な身体をしている。
 頬を両手で挟まれた。
「まずは一緒にお風呂に入りましょうか?」
 風呂があるとは好都合だ。しかしラァスは脅えた振りをして、身を引き首を横に振る。
「怖がらないで。痛い事なんて無いわ」
「ああ、そうだね。脅えられても楽しいとは思わないし」
 ラァスは、女の手をつかむ。
 彼女の両手を片手で封じ、ズボンのポケットに手を入れた。
「っ!?」
「恨まないでね。お互い様なんだから」
 ラァスは、ポケットから取り出した得物を親指で掴むと、女の喉を鷲掴みにし、そのまま背後にあるベッドに押し倒す。
「な………にを」
「抵抗すると苦しいよ。どうせ助けも来ないんだし。
 旦那さんは、あなたの浮気を知っていたんだよ。憎しみも抱くさ。
 だから、恨むならオバさんの旦那さんを恨んでね」
 ラァスはシーツを掴むと、親指で掴んでいた得物──鋭利なナイフで女の首を切る。
 シーツである程度返り血は防げたが、腕や上半身には多少かかった。風呂があるらしいので簡単にでも洗えばいい。
 死んだかどうかは分からないが、すでに声をあげることもできない女を見て、溜め息をつく。
 女に夫を殺してくれと依頼を受けることはよくあるが、その逆は実は珍しいことだった。普通、男の方に財力があり、女は捨てられるだけである。そのため、ラァスはいつもは女の子の格好をして、スケベな中年オヤジを人気のない場所に誘い込み強盗に見せかけて殺している。
 上もろくな仕事をよこさない。愛らしい見目を利用できる仕事を押し付けられ、いつも同じような世間の闇を見せられては、気が狂いそうだ。
 最近は、夫婦間の泥沼のもつれ合いばかり見せられる。
 中年女の裸など見ていてもつまらないし、中年男の出っ腹を見るのはもっと不快だ。
 ──そういえば、あの黒い女の人……。
 彼女ほどならば歓迎なのだ。もちろん殺すのではなく、見る対象としてだ。
 年上はあまり好みではないが、やはり美人ならば別である。その中でも彼女は別格だった。
 ラァスは完全に息絶えている女を見て、最後の仕上げに取りかかる。
 ドレスを着せ直してから引き裂き、下着をずり下ろす。
 片足だけにかけ、白っぽい液体を股間に付着させる。こうすればいかにも強姦されて殺されたように見える。ついでに金品も拝借する。
 このような事件はいくらでもあるから、注目されるようなこともない。ましてや、暗殺されたなどと、疑う方がどうにかしている。疑った瞬間から、その者は命を狙われる可能性もあるのだから。
 自嘲気味に笑うと、また耳鳴りがした。囁き声が聞こえるような気がした。吐き気がする。これはただの気のせいだ。ストレスからくるものだろうと、医者にも言われた。
 どれだけ殺そうとしても、良心はなかなか死んでくれない。
 時折、無性に自分のしていることに嫌悪感を覚える。
 ──抜けたい。
 最近強くそう思うようになった。
 皆は笑うだろうが、数えられないほどの命を奪ったこの身で考える。
 彼女はただ、寂しかっただけの女だ。少年達も見返りがあるからこそ、彼女についてきた。何かを得るためには、何かを与える。これは常識だ。
 彼女の財産はすべて夫のものとなり、その上に若く美しい妻を手に入れる。
 彼女はなんと愚かで無駄で哀れな人生だったのだろう。
 ラァスが今さら後悔しても、この命が戻ることはない。そんなこと、母が死んだときから知っていた。
 なのに自分は誰かにとっては大切な人かも知れない人の命を奪う。そうやって、人間らしい暖かい物を食べて、服を着て──生活に不自由もなく、貯金の方もかなりのものになるほど……。
 ただ、それを得る方法が人と違うだけ。
 逃げ出せば、そこに待つのは死だ。多少ボスには気に入られているが、それだけで特別扱いしてくれるほど甘くはない。それを認めていたら、暗殺組織など成り立たない。
 だから逃げれば同僚達が殺しに来る。そうしないと、示しが付かない。逃げられるのなら、皆逃げている。そして組織は崩壊してしまう。
 だから死ぬまで、このままだ。
 闇の世界を生きるか、嫌なら死ぬか。
 それだけが、ラァスに用意されている道なのだ。


 
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2011/08/31   魔女の弟子   1103コメント 3     [編集]

Comment

 

とーこ8508     2011/08/31   [編集]     _

ちょこちょこと描写の変更と、フラグ強化をしている。

しったら8509     2011/09/01   [編集]     _

”弟子”のblogアップ、ありがとうございます!
私も「大地の愛でし子1」にコメントされている方同様、
このお話がとーこさん作品に初めて触れたものだったのでとてもうれしいです♪

とーこ8510     2011/09/03   [編集]     _

うちのメインでしたからね
あまりに長く続けて、細かい設定忘れて書けなくなり、長過ぎて読み直すのも一苦労という理由で放置されていましたが。
こんな長い話に付き合って頂けて嬉しいです。


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