白夜城ブログ

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魔道書店の稀書目録 ペンの天使に悪魔の誘惑 (一迅社文庫アイリス) 魔道書店の稀書目録 ペンの天使に悪魔の誘惑
7/18発売
盗まれた〈天使の書〉の噂を聞きつけてメイザス魔道書店にやってきたジールは、奴隷にのようにこき使われている天使達と出会い、〈天使の書〉を買い戻すために書写師として働くことになる。ジールにだけは優しい悪魔の如き美貌と性格と能力を持つ店主と、天使のような(見た目の)少女の魔道ファンタジー。

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1

 急いでいたわけではない。だが、早く雑踏から抜け出たかった。人の中に紛れるのに嫌気がさした。
 古びた石畳を蹴り、露店で呼び止める知り合いの声も無視して、ラァスは走った。
 自分に対する嫌悪感。周りに対する嫌悪感。まとわりつく何か。耳元で響くような、実際には聞こえない囁き。
 何もかもが嫌で、じっとしていられず、とにかく走った。
 行き交う人をかき分け、すり抜け、歴史ばかりはある街を駆け抜ける。
 この程度、造作もない。静かに、避けて走るのは彼の特技であった。そのはずだ。
「きゃっ」
 突然、目の前で人が倒れた。ラァスの前方にいた人物が、石畳に躓いて転んだのだ。
「うわっ」
 突然のことに驚きながらも、なんとか足を止めようとしたが、踏ん張りきれずにバランスを崩し、ラァスは声を上げて転んだ誰かの上へと倒れた。
 相手は声からして女性だったろう。下敷きにしてしまっているので確認できないが、それだけは間違いない。
「っすみませんっ」
 ラァスは慌てて下敷きにしてしまった女性の上から飛び退いた。
 長くて真っ直ぐな黒い髪に、同じ色をした上等のドレスを身につけてた女性だった。
 顔を打ったのか、押さえているので分からない。ぱっと見たところ、ずいぶんとスタイルの良い女性だ。服の上から見ただけでも、適度に筋肉がつき、無駄な脂肪もないのが分かる、ほどよく鍛えられた身体だ。
「あの、大丈夫ですか?」
「はい」
 女性は顔を上げる。
 おそらくは、美人なのだろう。細い顎にすっとした鼻筋、赤い唇はたまらなく色っぽい。ただ、その瞳は黒い布で隠されていた。顔を隠すための仮面のようだが、視界用の穴はない。透けるような生地ではないので、これでは何も見えないはずだ。
「申し訳ありません。怪我はありませんか」
 彼女は少し低めの、淡々とした口調で謝罪の言葉を述べ、ラァスを心配した。片方の靴が彼女の後ろの方に墜ちている。どうやらヒールが石畳の隙間にはまってしまったようだ。
 怪我をしているとしたら、彼女の方だ。
「いや……こっちこそ走ってて。あの、大丈夫ですか?」
 幸いにも、顔に傷があるとか、鼻が曲がっているとかそういうことはない。もしも傷でも付いていたら、大変なことになっていた。彼女は見たところかなり裕福か、裕福な男性と付き合いがあるように見える。着ている物、身につけている装飾品など、華美では無いかな良い物だ。とくに胸のブローチはいい石が使われている。
「おい、ヴェノム! 何やってるんだ?」
 少し離れたところから、こちらに向かって少年が声をかけた。
 一瞬、目の錯覚かと我が目を疑う。
 光を受けて輝く銀の髪に、秋の空色の澄んだ瞳。噂に聞く精霊とやらのような、信じ難いほどの美貌の少年だった。
 年の頃は十代半ばで、すらりとして背が高い。ややきつめの印象はあるが、美形揃いのエルフでも、あれほど美しい者はなかなかいないだろう。
「ハウル」
 黒髪の女性は振り返ることもせずに、少年が近寄ってくるのを待ち、手を差し出した。
「まったく。何やってるんだ? ろくに見えないくせにちょろちょろと」
「ごめんなさい。ヒールが石畳に」
「まったく……少しぐらい大人しくしてろよ。子供じゃないんだぞ」
 美少年は美少年らしからぬきつい調子で言い、靴を引っこ抜いてから、ヴェノムと呼んだ女性の手を取って立たせた。肩に手を置かせ、靴を彼女の華奢な足にはめ込んだ。優雅さを感じられない動作だが、彼の持つ華やかな容姿のせいで、乱暴なその光景が光り輝いてすら見えた。いや、錯覚ではない。彼の銀髪の髪が、光を反射させて虹色に輝いているのだ。なんて目立つ少年だろうと、ラァスは呆れた。
「坊やは本当に大丈夫ですか」
「あ、はい」
 ラァスは我に返り、女性の方へと意識を戻した。
 まじまじと見ると、彼女は少年の強い存在感に劣らぬほど妖艶であると感じた。目が隠れていると、なぜこうも妖しげな色気が漂うのだろうか。もちろん、ヴェノムというこの女性が、冷ややかな感じのする淡々とした物のいい方であるのも原因だが、それでも妙に艶があるのだ。目元が見えないので何とも言えないが、飾らずにこういう妖しい雰囲気を出せる美女というのはとても少ない。
「すみませんでした。それでは、私どもは急ぎますので」
 今度こそ迷子にさせないためか、ハウルはヴェノムを軽々と抱きかかえ、雑踏の中に消えた。
 何のことはない、ただそれだけの出来事だった。
 だが、印象的な二人のことは、脳裏に焼き付いた。
 仮面の美女と、輝くような美少年。
 ──妙なカップルだな。
 ラァスはそれだけを今は思い、再び雑踏の中を走り出す。
 今度は気を付けて、人にぶつからぬように。





 ヴェノムは女性にしては長身の部類だが、いざ抱き上げてみるとかなり軽い。女性特有の柔らかさもあり、彼女を抱き上げることについてはなんの苦もない。
 ただ他人に物珍しげに見られるのが難点だ。ヴェノムが幼い少女の姿であればもっとしっくりくるのだろうが、今の彼女はどう見ても成人女性で、ハウルは未成年の少年である。
 車椅子を押すにはこの程度の舗装では乗り心地が悪い。何せ歩いているだけで転んでしまうような道だ。
 この国の景観は古く、いい意味では歴史があり、悪い意味では整備が行き届いていない。軍事の方に金をつぎ込んで、街の整備は馬車が走れる程度で十分だと思われているのだ。
「ヴェノム、腹すかないか?」
「いいえ。食事は依頼人のお宅で取らせていただきましょう」
 ヴェノムはハウルの腕に乗り、肩に手をかけてバランスを取っている。
 一見美人なもので、下手に歩かせると変な男に連れていかれかねない。もちろん、一見ではなく、かつては本当に一国すら揺るがせた絶世の美女だ。
 それが過去の栄光とはいえ、危険である。相手の男は、まず殺されるだろう。もちろんそれを止める気など起こりもしない。女を無理矢理どうこうしようなどという男は、引き回し、八つ裂きの刑にされればいいのだ。しかしそれをヴェノムにさせるのは気が引ける。
 ハウルはしっかりとヴェノムを抱き直す。
「ハウルは心配性ですね」
「こけて人に迷惑かけた奴が言うか? すっげぇ可愛い女の子だったぞ」
「いいえ、男の子でした」
「顔を見てないくせに。金髪の可愛い女の子だった」
「そうですか。あの年頃の少年は華奢ですから、女の子にも見えるのでしょう。ですが確かに男の子でした。私が間違えると思いますか?」
 彼女は淡々と耳元で語る。
 この声だけで、子供は泣くだろう、それほど冷たい声音だ。彼女は美人だが、暖かみも癒しもなく、氷の女王と言われるほど感情を表さない氷の仮面を被っている。大人であっても彼女の迫力に飲まれ、押し黙るものだ。
「性別はどうでもいいんだけど問題は……まあいいか」
 ハウルは無理矢理自分を納得させる。藪を突く必要はない。何か問題を見つけて、その度に首を突っ込んでいては身が持たない。それは分別のない子供のすることだ。
 ハウルは賑やかな目抜き通りから離れ、高級住宅街へとやって来た。その中でも最も目立つ一角では足を止め、その屋敷を見上げた。
「ここか?」
「さあ」
 何も見えていない相手に聞いても無駄か。
 住所からしても間違いないはずだが、なにぶん初めて来る都市であり、自信がなかった。
 ハウルはヴェノムを立たせてから門の中を覗くと、庭師が忙しそうに植木を手入れしているのを発見した。まだ寒いものの、春も近くなり、これから可憐な花が咲く時期がやって来る。
「すみません」
「はい?」
「ここはハインツァーさんのお宅ですか?」
「ああ、そうですよ。お宅様は?」
「ご主人に雇われた者です。深淵の魔女が来た。そう伝えていただけば、ご理解いただけると思います」
 ハウルは低めの声でそう伝えた。この職業では、相手になめられたら終わりだ。
 弟子とはいえお気楽な馬鹿では、信頼度が落ちるのは当然のことである。
 魔女とは、イメージが大切である。
「……ああ。はい。しばらくおまちくだせぇませ」
 言って、男は一度屋敷に入り、しばらくすると慌てた様子でこちらに走り、門を開けると二人を中へと通した。
 その屋敷の内装は、まったくもって悪趣味だった。
 場違いな置物や、絵画。色の組み合わせなど考えていないような壺。何より、統一性など皆無の、てんでバラバラな文化の美術品が所狭しと飾られているのだ。これではせっかく美しい美術品が泣いている。
 自分の財力を誇示したいのだろう。雇い主は遠い地まで聞こえる有名な商家で、一等地でこれほどの豪邸を建て、これだけの物を揃えられるほどの財力を人々に見せつけたいのだ。が、なぜこんな悪趣味なのか、理解できない。成金というわけでもないらしいので、当主の趣味が悪いのか。
 口の悪いヴェノムがこれを見ることが出来たならば、悪趣味、と迷わず口に出していただろう。
 初めての場所なので、ハウルはヴェノムの手を引いて、玄関で庭師に替わった執事に案内された。部屋には、慌てて走っていったメイドから聞いてこれまた慌ててやって来たのであろう主人がいた。
 やや息を切らしているものの、悪趣味な屋敷を持っている割には、すらりとした体格の中年男性だった。
 貴族のような立派な口ひげが印象的だった。着ている物も流行の品のいいものである。ファッションセンスの方は存在するらしい。ただ、どれも高価な物ばかりで、金のかけ方が成金というイメージを強くしている。
「はい。ようこそおいで下さいました、ヴェノム殿」
 ハインツァーはにっこりと笑みを浮かべる。ヴェノムに見えるわけでもないのに。それでもご機嫌を伺うのは、ハウルを警戒してのことだろう。
 深淵の魔女ヴェノムといえば、魔道師の中でも最も畏れられ、力ある者だ。だからこそ、彼は依頼し、機嫌を損ねぬように細心の注意を払う。
「ご依頼の内容は身辺警護でよろしいでしょうか?」
 ハウルは確認のためにそう尋ねた。
「はい」
「改めて、詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい、もちろんです。さあこちらへどうぞ」
 ヴェノムは微笑むこともなく、ただハウルに手を引けと顎で催促するだけだった。
 魔女に、愛想など必要ない。必要なのは、ただ揺るぐ事なき恐怖による威厳と、実力と、口の堅さ。
 彼女ほどになると、それだけあれば他に必要な物は何一つない。


 
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魔道書店の稀書目録 ペンの天使に悪魔の誘惑 (一迅社文庫アイリス) 魔道書店の稀書目録 ペンの天使に悪魔の誘惑
7/18発売
盗まれた〈天使の書〉の噂を聞きつけてメイザス魔道書店にやってきたジールは、奴隷にのようにこき使われている天使達と出会い、〈天使の書〉を買い戻すために書写師として働くことになる。ジールにだけは優しい悪魔の如き美貌と性格と能力を持つ店主と、天使のような(見た目の)少女の魔道ファンタジー。

2011/08/30   魔女の弟子   1101コメント 5     [編集]

Comment

 

とーこ8500     2011/08/30   [編集]     _

青色が終わってからと思っていたのですが、設定をすっかり忘れててヤバイので、弟子から設定確認ついでにブログに掲載していきます。

-8501     2011/08/30   [編集]     _

なんか4、5年ぶりに魔女の弟子を思い出した気が・・・すごく懐かしいです。正直、放浪の杖(?)の人とか名前思い出せませんが(笑)

でも、白夜城を知ったきっかけが魔女の弟子だったので嬉しいです。

とーこ8502     2011/08/30   [編集]     _

あれはテリアですね。
犬っぽいからと、なんとなくそんな名付け方をしてしまったので良く覚えて……。

SORA8503     2011/08/30   [編集]     _

そんな理由の名前って…。隠された真実に爆笑です。:-)

pomu8519   初めてコメント   2011/09/07   [編集]     _

私も始めてのとーこさんの作品は魔女の弟子です。むさぼる感じで、一気読みしたのを覚えています。
他の作品も同様、夢中で読んでいます。
絶妙の間や、キャラクター達、異世界ものが好きだけれど偏ったものは苦手なのでとってもとーこさんの世界観が好きなのです。これからも楽しみにしています。

あと、誤字かなと思う所がありましたので、ご報告いたします。

・華美では無いかな良い物だ。

・そう伝えていただけば


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